『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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首都イーディス

 

カルバード共和国、首都イーディス。

 

近年、急速な発展を遂げ、かつてのクロスベルに代わって大陸西部の経済の中心地として確固たる地位を築きつつある巨大都市。

 

ルクレツィアさんと別れた俺は、せっかくの機会だからと、一人でこの街を散策することにした。

これといって明確な目的があったわけではない。ただ、どうしても一度、この目で共和国の首都を見ておきたかったのだ。

 

その理由の一つは、いずれ発表されるであろう『宇宙計画』のこと。

公式に発表されるのはまだ一年以上先の話だし、俺自身がそれに直接関わることもまずないだろう。

だが、あのバベルの内で『エクスキャリバー』を顕現させてしまったこと……それが、俺の足を無意識にこの場所へと向けさせていた。

 

「……でかい街だな、本当に」

 

各区画を網羅するメトロに乗り継ぎながら、俺は感嘆の息を漏らした。

巨大なビル群が立ち並ぶメインストリート、様々な人種と文化が入り混じる活気ある市場、東方系のエキゾチックな街並み。

洗練された導力車やトラムがひっきりなしに行き交うその風景は、クロスベルやエレボニア帝都とはまた違う、強烈なエネルギーに満ちていた。

 

ヴァンクール通りに立ち並ぶハイブランドの店を冷やかし、移動販売車で買ったスパイシーなケバブを頬張りながら、イーディスの空気を肌で感じる。

 

途中、ふらりと立ち寄った大型書店の雑誌コーナーで、最新の『タイレル通信』を手に取った。

そこには、共和国の巨大メーカー・ヴェルヌ社が発表した次世代型戦術オーブメントに関する特集記事が大きく掲載されていた。

 

『第六世代戦術オーブメント――《Xipha(ザイファ)》、遂にロールアウト』

 

「……ああ、そうか。あのオーブメントも、そろそろ出回り始める時期か」

 

記事に載っている真新しい端末のフォルムを眺めながら、俺は感慨深げに呟いた。

 

エニグマからアークス、そしてザイファへ。

俺の頭の中に眠る『未来の知識』の通りに、世界は確実に、すさまじい速度で技術的な変革の時を迎えようとしている。

マルドゥックの件といい、この時代の技術のうねりの中心は間違いなくこの共和国にあると、改めて実感させられた。

 

しばらく各区画を歩き回ったせいか、足も疲れてきた。

俺はガイドマップを頼りに、下町情緒の残る旧市街へと足を向けた。

そこに古くからあるという大衆浴場――サウナ付きの公衆浴場を見つけたからだ。

 

「ふぅ……極楽極楽」

 

浴場でしっかりと汗を流した後、俺はサウナ室の扉を開けた。

ひのきの香りと共に、むわっとした熱気が全身を包み込む。

先客が数人いる薄暗い室内で、俺は空いている上段に腰を下ろし、じっくりと熱を楽しみ始めた。

 

それから数分後。

バタン、とサウナ室の扉が開き、一人の若い男が入ってきた。

年は二十代半ばくらいか。黒髪に、ひと房だけ銀色のメッシュが混じった特徴的な髪型の青年だった。顔立ちはなかなかの美形だが、どこかひどく気怠げなオーラを纏っている。

彼は俺の少し離れた段にどっかりと腰を下ろすと、まるで疲れ切った中年オヤジのような野太い声で息を吐き出した。

 

「……カァーーッ、たまんねぇぜ」

 

青年は首に巻いたタオルで顔の汗を乱暴に拭い、天井を仰いだ。

 

「今週は泥臭ぇ探し物ばっかでいい加減腰がイカレるかと思ったが……やっぱ、この熱気こそが最高の特効薬だぜ……」

 

独り言にしてはやけに実感がこもっている。

同年代か少し上に見えるのに、やけに所帯染みているというか、年季の入ったサウナ好きのオッサンみたいなリアクションに、俺は思わず口元を緩めそうになった。

 

「よし、きっちり十二分耐えてから水風呂キメて……風呂上がりには絶対、駅前の限定スイーツだ。今日は何が何でも、あの新作のモンブランパフェを胃袋に叩き込んでやる……そのために俺は生きてるんだ……」

 

(……スイーツのために生きてるのか、この人)

 

ブツブツと真剣な顔でスイーツの計画を練り始める青年の横顔に、俺は心の中でそっとツッコミを入れた。

妙に憎めない不思議な愛嬌がある男だ。

結局、彼は宣言通り十二分きっちりと熱に耐え抜き、「っしゃあっ!」と気合を入れた顔で立ち上がると、水風呂へと意気揚々と向かっていった。

 

***

 

火照った身体を冷ますため、浴場を出てからしばらく街をあてもなく歩いた。

時刻はすっかり夕刻に差し掛かっていた。

空は鮮やかな茜色から深い紫へとグラデーションを描き始め、街のあちこちで導力灯の柔らかな光が灯り始めている。

 

人気の少なくなった川沿いの公園を見つけ、俺はその隅のベンチに腰を下ろした。

自動販売機で買った冷たい炭酸水を喉に流し込むと、心地よい疲労感と爽快感が身体を抜けていく。

 

「……いい街だな」

 

夕暮れの風に吹かれながら、静かに流れる川の水面と、遠くに見えるビル群のシルエットをぼんやりと眺める。

そんな時、視界の端に異質な集団が映り込んだ。

公園の入り口付近。目が血走った制服姿の男子学生、その後ろには十数人の、明らかに尋常ではない殺気を帯びた若い男たちがゾロゾロとついて歩いていた。

 

(……不良、いや……最近よく聞く『半グレ』ってやつか)

 

クロスベルにも不良グループはいたが、あそこまで直接的な攻撃性と、裏社会に半身を浸けたような本職に近い空気を持った連中はいなかった。

様々な人種と文化が混在する、多民族国家特有の闇の部分なのかもしれない。

そう考えながら、俺は静かにベンチを立った。

 

彼らが向かっているのは、ただでさえ人気の少ないこの公園の、さらに奥の死角になるエリアだったからだ。

気配を完全に殺し、一定の距離を保って後ろから尾行する。

木陰に身を潜める。木々に遮られて全容は見えないが、どうやら彼らは一人――制服を着た女性らしき相手を、ぐるりと取り囲んでいるようだった。

数度の言葉のやり取りは遠くて聞き取れなかったが、やがて血走った目の学生が、ヒステリックに声を荒げた。

 

『……絶対に許さないぞ……!! もうなりふり構うものか! お前ら、やれ! やりすぎても後で僕がもみ消してやる!』

 

(――流石に、一人の女性に十数人でリンチは胸糞悪すぎるな)

 

見過ごせるわけがない。俺はため息を一つ吐いて、木陰から音もなく駆け出した。

 

「おらぁっ! お嬢ちゃん、痛い目見たくなかっ――」

 

「悪いな。ちょっと寝ててくれ」

 

先頭の男が手を伸ばした瞬間。背後に滑り込んだ俺は、左腕のパルスストライカーをそいつの背中に押し当てた。

 

『負荷レベル1』。

 

音を殺した微弱な衝撃波が肉を通り越し、神経に直接ショックを与える。男は白目を剥いて、崩れ落ちるように気絶した。

 

「な、なんだお前!?」

 

「ただの通りすがりだよ」

 

奇襲に驚いた半グレどもが、一気に敵意を向けてくる。

だが、今の俺からすれば、こいつらの大振りの喧嘩殺法など止まって見えるも同然だった。

次々と襲いかかってくる攻撃を最小限の動きで躱し、パルスの衝撃を急所に的確に当てていく。負荷1の出力でも、素人同然のこいつらを黙らせるには十分すぎる。

 

数十秒後。

十数人の半グレたちは、全員が地面に転がって呻き声を上げていた。

 

「なっ……な、なんだお前は! ぼ、僕を誰だと思ってる!! 父さんは――」

 

「はいはい。おやすみ」

 

たった一人残され、腰を抜かして喚き散らす指示役の学生。

誰の息子だろうが知ったこっちゃないし、鍛えられているわけでもないただの学生だ。俺は呆れながら彼の背後に回り、首筋に軽く手刀を落として気絶させた。

 

「ふぅ……一件落着、っと」

 

全員の無力化を確認し、助けた相手の方へと振り返った。制服姿の少女。怪我はないかと、声をかけようとして。

 

「大丈夫です――」

 

言葉の途中で。

俺の思考は、文字通り真っ白になった。

そこに立っていたのは、名門アラミス高等学校の制服を見事に着こなした、紫がかった艶やかな髪の少女。

結社の元執行者No.XV《殲滅天使》。そして、バベルの内で最期の闘いを終えた俺の消滅を、間違いなくその目で見届けていたはずの人物。

 

――レン・ブライトだった。

 

「…………へ?」

 

「…………あ」

 

俺とレンの視線が、完璧に交差した。

まさか絶体絶命の(彼女からすれば全くそんなことはないだろうが)ピンチを救ってくれた通りすがりの男が、消滅したはずの俺だとは思わなかったのだろう。

整った顔に「ぽかん」とした表情を浮かべたまま、レンは固まっていた。

 

「…………ッ!!」

 

見知った――見られてはいけない顔を認識した瞬間。俺はほぼ反射的に、首の骨が鳴るほどの勢いで顔を背けた。

 

(やっべえええええええええええええええッ!?)

 

俺はあの『バベル事変』の結末で、消滅したことになっている人間だ。

生存を知っているのは結社の一部の人間だけ。

特務支援課や彼らの知り合いである彼女たちの前には、絶対に姿を現してはいけないはずなのに……!

 

顔を逸らしたまま、俺は一目散にその場から逃げ出そうとした。

ドクン、ドクンと、心臓が今までにないほどの早鐘を打っている。

 

「あ、えっと、その、怪我がないなら良かったです! 俺はこれで!!」

 

そのまま脱兎のごとく逃げ出そうと足に力を込めた、その時。

 

「――待ちなさい」

 

背後から、氷のように冷たく、しかし有無を言わせない圧を伴った声が響いた。

そして次の瞬間、俺の襟首が思い切り強く掴まれ、そのまま凄まじい力で公園のレンガ塀へと叩きつけられた。

 

「ぐぇっ!?」

 

「逃がすわけ、ないでしょ?」

 

ドンッ! という音と共に壁に押し付けられる。

目の前には、俺の襟首を掴んだまま、顔を限界まで近づけてきたレンの姿があった。

 

逃げ場はない。

俺は冷や汗をダラダラと流しながら、恐る恐る目の前の少女へと視線を戻した。

 

レンは、美しく整った顔に『極上の笑顔』を浮かべていた。

……絶対に逆らえない、絶対に誤魔化しが利かない、凄絶な圧を伴った恐ろしい笑顔だった。

 

「……ねえ」

 

彼女は俺の襟首を掴んだまま顔を近づけ、甘く、冷たい声で囁いた。

 

「あのバベルの中で、自分の役割を終えて綺麗さっぱり消滅したはずの『アルシュ』が。どうしてカルバード共和国の首都で、のこのこと不良を退治しているのかしら?」

 

「あ、いや、これはその……」

 

その顔には、完璧で、有無を言わせない『満面の笑み』が貼り付いていた。

目が、全く笑っていない。驚愕と、安堵と、そして「どうして黙っていたのか」という純粋な怒りが複雑に混ざり合った、とてつもなく恐ろしい笑顔。

 

「さぁ。……どういうことか、お姉さんにきっちり説明してくれるかしら?」

 

逃げ場は、どこにもなかった。

額から滝のような汗を流しながら、俺はただ力なく、完全に降伏の意を示して頷くしかなかった。

 

「……はい」

 

 




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