『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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レン・ブライト

アラミス高等学校の学生寮。

自室に戻った私は、ブレザーのジャケットを脱いでハンガーに掛けると、そのままベッドの縁にどさりと腰を下ろした。

 

「はぁ…………」

 

誰に聞かせるわけでもない、深いため息。

そのままごろんと仰向けに倒れ込み、天井を見上げる。

 

(……本当に、心臓に悪いわ)

 

まさか、死んだはずの彼が目の前に現れるなんて。

あの瞬間はいくら私でも予想外すぎて、一瞬完全に呆けてしまったほどだった。

 

アルシュ。

一年前のエリュシオンを巡る騒動――その中で出会った、イレギュラーな存在。

実際のところ、私は彼とそこまで深く関わったわけではなかった。

あの異常な事態の中で彼がどういう存在なのかという事情を知り、バベルの奥底でその顛末を見届けた。

それだけだ。エリュシオンによって演算された未来の中で私と彼が関わりを持っていたという話は聞いていたけれど、特務支援課やキーアたちと違って、その『未来の記憶』とやらが私の脳裏によぎることは結局一度もなかったのだから。

 

だから正直に言えば、今日まであの一件は『過去のこと』として整理していた。

それでも――見届けた、という事実は残っている。

自らの存在のすべてを使い潰して、ただひたすらに泥臭く闘い抜いた彼の姿は、感傷とは少し違う何かを、私の中に確かに残していったのだ。

だからこそ、生きていることをキーアにすら黙っていたと聞いた時には、さすがに思うところがなかったとは言えない。

 

けれど。

 

「……否定できる立場じゃないわね、私は」

 

呟いた言葉が、静かな部屋に溶けていく。

私自身もかつて、愛する人たちの前から姿を消した人間だ。

一度決めた意地を曲げることが言葉ほど簡単でないことくらい、嫌というほど知っている。

 

彼の不器用な意地を、今は誰かに話すつもりはない。

いつか彼自身が決心をつけた時に、少し動きやすくなる程度のことはしてあげてもいいけれど――それまでは、余計な手出しは無用だ。

 

「ふふっ」

 

ベッドに寝転んだまま、天井に向かってザイファを掲げるようにして画面を見つめた。

そこに登録された、新しい連絡先。

頼まれたわけでもないのに、なんとなく送りつけてしまった自分に少し呆れる。

 

……仕方ないでしょう。あれだけ危なっかしい生き方をすると宣言されてしまえば、完全に放っておくのも寝覚めが悪い。それだけのことだ。

 

***

 

翌日。アラミス高等学校への通学路。

 

「ねえねえレンさん! 昨日、街のカフェで大人の男の人と二人で仲良さそうにしてたじゃない!」

 

「遠くから見ただけだけど、すっごく雰囲気良かったよね! もしかして、レン先輩の彼氏さん!?」

 

登校中に合流した知り合いの女生徒たちが、目を輝かせながらそんなふうに騒ぎ立ててきた。

 

『大人の男の人』。

……見た目だけは、ね。

 

「ふふっ……残念だけど、みんなの考えているような関係じゃないわ」

「えーっ、じゃあどういう関係なの?」

「うーん、そうね……」

 

身を乗り出してくる彼女たちに、私は口元に人差し指を当てて、わざとらしく微笑んでみせた。

 

「……内緒」

 

「ええーっ! ずるい!」と不満げな声が上がる。

 

そんな他愛のないやり取りをしている最中、手元のザイファが短い通知音を鳴らした。

 

『明日、こっちを発って帰るんですけど。ちょっと美味しいお土産を頼まれてて、何かおすすめ知りませんか?』

 

「……ふふっ」

 

あれだけ格好をつけておいて、翌日一番の連絡がこれ。思わず笑いが漏れた。

 

「どうしたの、レン? 誰からのメール?」

「なんでもないわ。ちょっと手のかかる知り合いからよ」

 

不思議そうな顔をする友人たちにそう返しながら、私はザイファの画面に指を走らせた。

結社に身を置きながら悪に染まりきれず、かといって表の道も選ばない。

そんな中途半端な狭間で足掻くというのなら、似たような生き方をしている人間を一人紹介してあげてもいい。

役に立つかどうかは、本人次第だけれど。

そう打ち込んで、私は送信ボタンを押した。

 




ちょっと難産だった
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