『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

160 / 162
4spg

(あ、怪しすぎる……)

 

旧市街の掲示板の前で、そこに貼られた一枚の依頼書をジト目で眺めた。

いつも通り、4spgの確認で各区画を回っていたのだが、今日はこれといった収穫もなく、ここが最後の場所だった。

 

そこにポツンと残されていたのが、その依頼だ。

 

【依頼内容】:首都イーディスでの極上スイーツ店を巡る護衛兼ガイド求む。

飲食の経費はこちら持ち。お土産の購入が必要なため、おすすめのガイドを希望したい。

 

「……いや、意味が分からねぇ」

 

思わず口からツッコミが漏れる。

どう見ても、表沙汰にできないグレーな案件を扱う裏解決屋に持ち込む内容じゃない。

現地ガイドか、タテマエの得意な遊撃士にでも頼めば、喜んでお守り役を引き受けてくれるような健全な観光案内だ。

 

だが――。

 

(……待てよ。『極上スイーツ』を『経費持ち』で巡る……だと?)

 

脳裏に、イーディスが誇る名店の甘みが次々とフラッシュバックする。

あのモンブラン、あそこのタルト、最近噂の新作パフェ……それらを全部、依頼人のサイフで、合法的に胃袋に叩き込めるというのか。

 

「っ……いやいや、落ち着け、俺」

 

激しく揺らぎそうになる心を、頭を振って強引に引き留める。

ただ、もう一点だけ引っかかることがあった。

 

(……『護衛』、か)

 

ただの観光ガイドを求めているなら、そんな物騒な単語は使わない。

何かから身を隠しているか、あるいは厄介事に巻き込まれているか。

その二文字から、微かに裏の匂いがする。

 

「……ま、確認だけはしておくのがプロってやつだからな」

 

誰に言い訳しているのかも分からないまま、俺は手帳を取り出して連絡先と待ち合わせ場所を書き留めた。

最近は探し物続きで身体も疲れている。

仮にこれが本当にただの甘党の依頼だったとしても、極上の糖分補給は悪い選択肢じゃない。

 

「どんな奴が待ってることやら」

 

愛車のキーをポケットで転がしながら、俺は旧市街の坂道を歩き始めた。

 

***

 

「本当に、これでいいのか……?」

 

旧市街の路地裏にある年季の入った掲示板。

自分で貼り付けたばかりの依頼書を眺めながら、俺は深い困惑の息を吐き出していた。

 

事の発端は今朝だ。

ルクレツィアさんに頼まれたお土産の件を思い出し、この街に頼れる知り合いもいなかった俺は、昨日の今日でレンさんに連絡を入れてみた。

すると返ってきたのは、予想外の提案だった。

 

『せっかくだし、面白い人がいるからそっちに依頼してみてはどうかしら?』

 

メールには連絡先と、この街の裏通りで機能しているネットワークへのコンタクト方法――この掲示板への依頼書の貼り方――が記されていた。

 

『貴方の今後の生き方の、参考の一つにはなるかもしれないわ。ああ、私の名前は絶対に出さないでね』

 

「今後の参考、ねぇ……」

 

依頼書の最後に記した『裏解決屋(スプリガン)宛』という文字を指でなぞる。

昨日彼女に「好きに生きればいい」と言われたばかりだ。

 

光にも悪にも染まりきれない、狭間で足掻こうとしている今の俺にとって、その立ち位置が気になったのは事実だ。

だが、だからといって窓口が『極上スイーツ巡りの経費持ち』というのは、どう考えてもレンさんの悪ふざけとしか思えないのだが。

 

レンさんの意図を図りかねながらも、俺は指定された待ち合わせ場所――旧市街の川沿いにある高架下へと足を向けた。

川の水面が、昼下がりの陽光を受けてきらきらと光っている。

しばらく佇んでいると。

 

「――待たせたな。あんたが『極上スイーツのガイド』をご所望の、奇特な依頼人か?」

 

背後から、低く気怠げな声が響いた。

足音を殺したその歩様には、確かな実戦の匂いが染み付いている。

俺はゆっくりと振り返った。

 

「ああ、そうだ。あんたが《裏解決屋》――」

 

想像していた「裏社会のコワモテ」などではなかった。

ラフな黒のインナーに、仕立ての良さそうな蒼のトレンチコート。

黒髪の前髪には、目を引く蒼のメッシュが混じっている。

首元を弄るその所作はひどく気怠げで、一見するとガラの悪いそこらの青年のようにも見える。

 

だが、違う。

三白眼気味の鋭い目の奥に、あらゆるものを値踏みする観察眼が潜んでいる。

だらりと下げた両腕も、いつでも即座に動けるよう、絶妙な脱力を保っていた。

 

(……なるほど。確かに『裏』を歩く人間の気配だ)

 

俺が内心でそう評価を下し、相手もまた、俺の纏う空気を察知して僅かに目を細めた、その瞬間だった。

互いの視線が交差したまま。

数秒の、奇妙すぎる沈黙が高架下に落ちた。

 

「…………」

「…………あ?」

 

プロ同士の探り合いなどという高尚なものではない。

俺の脳裏に、そしておそらく相手の脳裏にも、全く同じ光景がフラッシュバックしていた。

 

もうもうと立ち込める湯気。

肌を刺すような熱気。無言で耐え忍ぶ、男たちの汗だくの空間――。

 

「……お前、昨日のサウナの……」

「……アンタ、昨日サウナで長風呂してた……」

 

ハードボイルドな緊張感は、一瞬にして弾け飛んだ。

この先、敵として、味方として、あるいは似た者同士として、色んな意味で長い付き合いになる男。

《裏解決屋》ヴァン・アークライドとの、これが(服を着た状態での)初めての顔合わせだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。