『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
(あ、怪しすぎる……)
旧市街の掲示板の前で、そこに貼られた一枚の依頼書をジト目で眺めた。
いつも通り、4spgの確認で各区画を回っていたのだが、今日はこれといった収穫もなく、ここが最後の場所だった。
そこにポツンと残されていたのが、その依頼だ。
【依頼内容】:首都イーディスでの極上スイーツ店を巡る護衛兼ガイド求む。
飲食の経費はこちら持ち。お土産の購入が必要なため、おすすめのガイドを希望したい。
「……いや、意味が分からねぇ」
思わず口からツッコミが漏れる。
どう見ても、表沙汰にできないグレーな案件を扱う裏解決屋に持ち込む内容じゃない。
現地ガイドか、タテマエの得意な遊撃士にでも頼めば、喜んでお守り役を引き受けてくれるような健全な観光案内だ。
だが――。
(……待てよ。『極上スイーツ』を『経費持ち』で巡る……だと?)
脳裏に、イーディスが誇る名店の甘みが次々とフラッシュバックする。
あのモンブラン、あそこのタルト、最近噂の新作パフェ……それらを全部、依頼人のサイフで、合法的に胃袋に叩き込めるというのか。
「っ……いやいや、落ち着け、俺」
激しく揺らぎそうになる心を、頭を振って強引に引き留める。
ただ、もう一点だけ引っかかることがあった。
(……『護衛』、か)
ただの観光ガイドを求めているなら、そんな物騒な単語は使わない。
何かから身を隠しているか、あるいは厄介事に巻き込まれているか。
その二文字から、微かに裏の匂いがする。
「……ま、確認だけはしておくのがプロってやつだからな」
誰に言い訳しているのかも分からないまま、俺は手帳を取り出して連絡先と待ち合わせ場所を書き留めた。
最近は探し物続きで身体も疲れている。
仮にこれが本当にただの甘党の依頼だったとしても、極上の糖分補給は悪い選択肢じゃない。
「どんな奴が待ってることやら」
愛車のキーをポケットで転がしながら、俺は旧市街の坂道を歩き始めた。
***
「本当に、これでいいのか……?」
旧市街の路地裏にある年季の入った掲示板。
自分で貼り付けたばかりの依頼書を眺めながら、俺は深い困惑の息を吐き出していた。
事の発端は今朝だ。
ルクレツィアさんに頼まれたお土産の件を思い出し、この街に頼れる知り合いもいなかった俺は、昨日の今日でレンさんに連絡を入れてみた。
すると返ってきたのは、予想外の提案だった。
『せっかくだし、面白い人がいるからそっちに依頼してみてはどうかしら?』
メールには連絡先と、この街の裏通りで機能しているネットワークへのコンタクト方法――この掲示板への依頼書の貼り方――が記されていた。
『貴方の今後の生き方の、参考の一つにはなるかもしれないわ。ああ、私の名前は絶対に出さないでね』
「今後の参考、ねぇ……」
依頼書の最後に記した『裏解決屋(スプリガン)宛』という文字を指でなぞる。
昨日彼女に「好きに生きればいい」と言われたばかりだ。
光にも悪にも染まりきれない、狭間で足掻こうとしている今の俺にとって、その立ち位置が気になったのは事実だ。
だが、だからといって窓口が『極上スイーツ巡りの経費持ち』というのは、どう考えてもレンさんの悪ふざけとしか思えないのだが。
レンさんの意図を図りかねながらも、俺は指定された待ち合わせ場所――旧市街の川沿いにある高架下へと足を向けた。
川の水面が、昼下がりの陽光を受けてきらきらと光っている。
しばらく佇んでいると。
「――待たせたな。あんたが『極上スイーツのガイド』をご所望の、奇特な依頼人か?」
背後から、低く気怠げな声が響いた。
足音を殺したその歩様には、確かな実戦の匂いが染み付いている。
俺はゆっくりと振り返った。
「ああ、そうだ。あんたが《裏解決屋》――」
想像していた「裏社会のコワモテ」などではなかった。
ラフな黒のインナーに、仕立ての良さそうな蒼のトレンチコート。
黒髪の前髪には、目を引く蒼のメッシュが混じっている。
首元を弄るその所作はひどく気怠げで、一見するとガラの悪いそこらの青年のようにも見える。
だが、違う。
三白眼気味の鋭い目の奥に、あらゆるものを値踏みする観察眼が潜んでいる。
だらりと下げた両腕も、いつでも即座に動けるよう、絶妙な脱力を保っていた。
(……なるほど。確かに『裏』を歩く人間の気配だ)
俺が内心でそう評価を下し、相手もまた、俺の纏う空気を察知して僅かに目を細めた、その瞬間だった。
互いの視線が交差したまま。
数秒の、奇妙すぎる沈黙が高架下に落ちた。
「…………」
「…………あ?」
プロ同士の探り合いなどという高尚なものではない。
俺の脳裏に、そしておそらく相手の脳裏にも、全く同じ光景がフラッシュバックしていた。
もうもうと立ち込める湯気。
肌を刺すような熱気。無言で耐え忍ぶ、男たちの汗だくの空間――。
「……お前、昨日のサウナの……」
「……アンタ、昨日サウナで長風呂してた……」
ハードボイルドな緊張感は、一瞬にして弾け飛んだ。
この先、敵として、味方として、あるいは似た者同士として、色んな意味で長い付き合いになる男。
《裏解決屋》ヴァン・アークライドとの、これが(服を着た状態での)初めての顔合わせだった。