『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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スイーツガイド

「あー……コホン」

 

気まずい沈黙を誤魔化すように、眼の前の男はガシガシと頭を掻き回した。

先ほどのやり取りを完全に脳内から消去したような、いっそ見事な切り替えで咳払いを一つ落とす。

 

「……ま、昨日のことはともかく、仕事の話だ。イーディスの極上スイーツガイド兼『護衛』ってことでいいんだよな?」

 

「ああ」

 

短く肯定すると、男は「ただし」と人差し指を立てた。

 

「受けるかどうかは、事情を確認してからだ。どう見ても遊撃士の範疇だろうが。なんでウチに持ってきた?」

 

至極真っ当な疑問だった。俺も心の中で同意する。

 

「あー……昨日、ちょっと派手にやらかしてな」

 

レンさんの名前は伏せたまま、リンチされそうになっていた女の子を助けて半グレ相手に大立ち回りを演じたことを手短に話す。

 

「一応警察が動いたんだが、残党が逆恨みで絡んできた時、普通のガイド相手じゃ面倒事に巻き込んじまう」

 

「なるほどな。……それでも遊撃士の方が筋じゃねえか」

 

「遊撃士は……あんまり頼りたくない」

 

わざとらしくなく、少しだけ顔をしかめてみせる。

表向きはお節介が嫌という体だが、本音は別だ。

人手不足の折、遊撃士は各地を移動することもある。

もし見知った顔がイーディスに出入りしていて、そこから身バレなんてことになったら目も当てられない。

 

男はじろりとこちらを観察してきた。

 

(……どうも何か匂いやがる。依頼内容ってよりは、コイツ自身から、か……?)

 

ヘーゼルアイの奥で、そんな声なき声が聞こえた気がした。鋭い視線が、俺の纏う気配の底にあるものを値踏みしているのがわかる。

だが、男はそれ以上深く追及してくることはなかった。

少し考え込むような仕草を見せた後、ふっと肩の力を抜く。

 

「……ま、いいだろう。そういう事情なら引き受けよう」

 

「ありがとう。あと、美味いお土産も見繕ってほしいって頼まれてて。店選びも任せていいか?」

 

「絶品の土産物なら、持ち運びを考えると焼き菓子だな。任せときな、アンタの胃袋が驚くルートを組んでやる」

 

先ほどの鋭い警戒心はどこへやら、男は鼻を鳴らして自信満々に笑った。

『極上スイーツ』というワードが、この男のスイッチを確実に入れたらしい。

 

「そういや、名前は?」

「ヴァン。ヴァン・アークライドだ」

「こっちはアルだ。よろしく頼む、ヴァン」

 

こうして、ヴァン・アークライドによる護衛という名のイーディス極上スイーツ巡りが幕を開けたのだった。

 

「いいか、アンタ。イーディスのスイーツを語る上で、絶対に外せない『黄金ルート』ってのがあるんだ」

 

案内されたのは、華やかな店舗が立ち並ぶタイレル地区だった。

移動中、周囲への警戒を怠らないその目や歩き方は確かにプロのそれだ。

だがいざスイーツの店が視界に入った途端、彼の纏う空気が劇的に変わった。

 

「まずはここだ。シネマ・エスプリ前のクレープ屋。定番だからこそ誤魔化しが利かねえ。ここの生地はサクサクとモチモチが絶妙な黄金比で同居してて、クリームは重すぎず、フルーツの酸味を引き立てるように計算し尽くされてる――」

 

水を得た魚のような熱量で、ヴァンは早口に捲し立て始めた。さっき路地裏で見せた冷徹な凄みは欠片もない。

 

「じゃあ、おすすめを一つ。あんたの分も頼んでくれ、経費で落とすから」

 

「ッ……! マジか! ……コホン。わかってるじゃねえか。じゃあ季節限定の『トリプルベリーと濃厚カスタードのミルフィーユ仕立て』、トッピング全部乗せで」

 

完全に遠慮を捨てたヴァンは、嬉々として一番高価なメニューを注文した。

渡されたクレープを一口囓ると、「くぅ〜っ……!」と大げさに天を仰ぐ。

 

「このカスタードのコク……! そこにベリーの酸味が加わって、無限に食える錯覚に陥っちまう……! アンタも早く食ってみな」

 

「あ、ああ……確かに美味いな」

 

ヴァンの勢いに若干引き気味になりつつも、実際に食べると驚くほど美味かった。

上品な甘さと生地の香ばしさが絶妙で、これならいくらでも食べられそうだ。

その後もヴァンの『熱血スイーツ講義』は止まらなかった。駅前のオープンカフェで新作のジェラートを平らげ(もちろん経費持ちだ)、俺たちは最終目的のお土産用焼き菓子を求めてウェストン百貨店の地下食品売り場へと足を踏み入れた。

 

「土産の焼き菓子なら、この『ポルテ』の詰め合わせ一択だ」

 

ショーケースの前でヴァンは腕組みをしてドヤ顔で言い放つ。

 

「ただ美味いだけじゃダメだ。日持ちと持ち運びのしやすさ、何より『箱を開けた瞬間に広がるバターの香り』が重要になってくる。ここのフィナンシェとガレットのセットは、その全部を満たしてる」

 

「箱を開けた瞬間の香り、か」

 

「特にここのフィナンシェは、表面のサクッとした歯触りの直後に焦がしバターとアーモンドの風味が爆発する。紅茶にもコーヒーにも合う万能の一品だ。誰に渡すか知らねえが、間違いなく喜ばれるぜ」

 

すっかりスイーツ評論家と化したヴァンの力説に、俺は思わず苦笑した。

だが、その熱意には妙な説得力がある。

 

「わかった、それにする。……ついでに自分用と、あんたの分も買っておくか」

 

「――アンタ、もしかして神か……? いや、依頼人様だったな。助かるぜ!」

 

ウンチク顔から一転、ぱぁっと少年のような笑顔を浮かべる裏解決屋。

得体の知れない裏の人間だと警戒していたのが、だんだん馬鹿らしくなってきた。

 

「護衛の駄賃みたいなもんだ。帰り道も頼むぜ」

 

「おう、任せな。腹も満たされたし、ここからはキッチリ仕事させてもらうぜ」

 

焼き菓子の入った紙袋を下げながら、ヴァンはニヤリと笑った。

一瞬だけ顔を出したプロの顔。

だが、その手にはしっかりと自分用の袋が握られている。

 

(……本当に、変な奴を紹介してくれたもんだな、レンさんは)

 

呆れつつも、昨晩から燻っていた重苦しい感情が、少しだけ晴れていた。

 

極上のスイーツと大量の焼き菓子を両手に提げ、すっかり観光気分でイーディスの街を歩いていた、その時だった。

隣を歩くヴァンの纏う空気が、スイーツ評論家からプロのそれへと一瞬で切り替わった。

 

「――走るぞ」

 

短く、有無を言わせぬ声。

少し遅れて、俺の耳にも届いた。

背後から近づく複数の荒々しい足音と、街の喧騒に紛れ込ませる気もない剥き出しの敵意。

俺は無言で頷き、ヴァンと歩調を合わせて駆け出した。

一般市民が行き交う表通りで事を構えるわけにはいかない。

人目を避けるように路地裏を縫い、人気の途絶えた狭い路地へと滑り込む。

 

「ハッ、行き止まりだぜぇ! 逃げられるとでも思ったか!」

 

振り返ると、路地の入り口を塞ぐように十人近い男たちが現れた。

鉄パイプやナイフを手にした連中の中に、昨日俺が叩きのめした半グレの顔がちらほら混ざっている。

顔面の腫れや包帯が痛々しいが、その分、復讐心で血走った目はギラギラと淀んでいた。

 

「ヒャハッ! 見つけたぜェ!」

「調子に乗りやがって……警察に泣きついて終わったとでも思ったか!?」

 

(……マジか。依頼の理由づけに使っただけだったのに、本当にお礼参りに来るとはな)

 

俺の読みが甘かったのは事実だ。

 

「悪い、ヴァン。マジで来るとは思ってなかった」

 

「ハッ、護衛っつー割に気が抜けてると思ってたが、そういうことだったか」

 

「あぁ。だから、あんたは気にしないでくれ」

 

ただの観光ガイドに見せかけたダミーの依頼だ。巻き込むわけにはいかない。

俺はそう言って、一人で片付けるつもりでヴァンを庇うように前に出た。だが。

 

「おいおい、勝手に話を進めんな」

 

ヴァンが俺の肩を掴んで制した。

 

「どんな意図であれ、依頼を受けたのは俺だ。依頼書にも『護衛』って入ってるからな」

 

ニヤリと不敵に笑うその顔に、裏稼業を生き抜いてきた男の頼もしい凄みが宿っていた。

 

「……わかった。じゃあ、手伝ってくれ」

「おう、任せな」

 

短いやり取りで、互いの意志は合致した。

 

「舐めやがって……! やっちまえ!!」

 

怒号と共に半グレたちが一斉に襲いかかる。俺は買ったばかりの紙袋をそっと脇に置き、素手で構えをとった。街中で銃器をぶっ放すわけにもいかない。

一方のヴァンは、腰から重厚な撃剣(スタンキャリバー)を引き抜いた。

 

「さーて、極上スイーツのカロリー消費には、ちょうどいい運動になりそうだな!」

 

狭い路地裏に、男たちの怒号と、ヴァンが起動させた得物の駆動音が鋭く鳴り響いた。

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