『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

166 / 166
通信:レン

姉さんが口にした『アレ』とやらはしばらく準備が必要なようで、「用意ができたら連絡する」とのことだった。

 

その間、俺にもまだ片付けておきたい用事がいくつかあったため、先にそっちへ手を付けながら姉さんからの死の宣告――もとい、呼び出しを待つことにした。

 

自室に戻り、一息ついた後。

俺は情報端末を取り出し、ある人物へと暗号化された通信を繋いだ。

今回のイーディスでの顛末、そして今後共和国へ軸足を移して活動していくことになった報告と、何より紹介してもらったことへの礼を伝えるためだ。

 

相手は、レンさん。

俺の突拍子もない報告を、最初から最後まで黙って聞いてくれていた彼女の第一声は――。

 

『……あなた、馬鹿じゃないの?』

 

裏解決屋にスイーツガイドを名目に接触し、半グレとの乱闘を経てサウナで人生相談をし、挙げ句の果てにその日のうちに情報屋のバーへの就職を決めた。

その怒涛すぎる一日の顛末をすべて伝え終えると、通信越しからでもはっきりと分かる、呆れ果てたような声が返ってきた。

 

思い返してみれば、返す言葉もない。

いくら勢いがあったとはいえ、たった一日で今後の生き方と就職先まで決めてしまったのだ。第三者から見れば、無軌道にも程があるだろう。

 

「……返す言葉もないです」

 

俺が苦笑交じりにそう返すと、通信の向こうから「はぁ……」と小さく、しかし深い深いため息が聞こえた。

 

『……紹介が悪かったかしら。ヴァンさんなら……でも、男の人って無駄にこういうところで意気投合するものなのかしら……ぶつぶつ……』

 

なにやら小声で呟いているのが聞こえたが、あえて突っ込まないでおく。

やがて、小さく咳払いをする音が聞こえ、レンさんはいつもの落ち着いた声色に戻った。

 

『ああ、ごめんなさい。それで? 本格的にイーディスへ移るのね?』

 

「ええ。ただ、こっちでちょっと野暮用を片付けてからになるので、本格的に移るのは一、二ヶ月先になりそうですが」

 

俺がそう答えると、レンさんはふっと声のトーンを和らげた。

本当に、色々と面倒や心配をかけてしまっているなと、改めて実感する。

 

『そう。……まあ、経緯はどうあれ、あなたの先行きが決まったのは本当に良かったわ』

 

「レンさんのおかげです。あのままだったら、まだ答えが出せずに燻っていたかもしれませんから」

 

俺が素直な気持ちで礼を伝えると、通話の先から「ふふっ」と、小さく吹き出すようなくすくす笑いが聞こえてきた。

 

『いくらなんでも、何かの参考になればと思って紹介した相手で、そのまま就職先から先行きまで決めちゃうなんて、さすがの私も想像してなかったけれどね』

 

どこか悪戯っぽい、年相応の少女のようなからかう響き。

レンさんの見事な意趣返しに、俺はただ「あはは……」と、乾いた笑いを返すことしかできなかった。

 

「とにかく、レンさん。本当にありがとうございました」

 

俺が改めて感謝を言葉にすると、通信越しからでもわかるような、明るく柔らかな笑顔の声色で「ええ」と返事が聞こえた。

 

「それで、あの――」

 

俺は少しだけ前置きをして、言葉を継いだ。

 

「今度イーディスへ本格的に移ったら、何かお礼をさせてくれませんか」

『あら。別に気にしないでいいのに』

「いえ、そういうわけには」

 

俺は首を振って、真剣なトーンで答える。

 

「あの統一国の騒動の時から、なんだかんだと何度も助けてもらっていますし、今回の紹介の件もあります。一度、俺の方からちゃんとお礼をさせてもらいたいんです」

 

『この間、半グレに絡まれていたところを助けてもらったことで、私としては十分お釣りが来ているつもりなんだけれど』

 

「俺の気が済まないんですよ。だから、お願いできませんか」

 

俺が食い下がると、レンさんは通信の向こうで少しだけ考えるような沈黙を置き、やがて優しく息を吐いた。

 

『そうね。あなたがそこまで言うなら、お言葉に甘えようかしら』

「はは、ありがとうございます。じゃあ、何か美味しいものでも食べに――」

 

俺が少しホッとしてそう提案した瞬間だった。

 

『あら。それって、デートのお誘いかしら?』

 

ふいに、意地悪っぽくからかうような声色が飛んできた。

俺は一瞬、「あー……」と言葉に詰まり、頭を掻いた。

これまでの俺なら、間違いなく苦笑いして誤魔化していただろう。だが、なぜかこの時は、自分でも意外なほど素直な言葉が口を突いて出た。

 

「あはは。そうですね、そんな感じで」

 

正面から肯定した俺の言葉に、今度は通信の向こう側がピタリと沈黙した。

 

「……レンさん?」

『あ、ああ……ごめんなさい。ちょっと……意外だったから』

 

レンさんの声には、いつもの余裕たっぷりな響きはなく、純粋な驚きと、どこか反省しているような色が混じっていた。

 

『……あなたが、あの娘のこともあるのに、そうやって真正面から返してくるとは思っていなかったの。意地悪が過ぎたわね、ごめんなさい』

 

あの娘が抱えていた後悔を晴らすために戦い抜き、命を燃やしたこと。

その俺の過去と執着を深く知るレンさんだからこその、気遣いだった。

 

「はは、まあ……そうなんですけど」

 

俺は少し照れくさそうに頭を掻きながら、彼女をフォローするようにジョークめかして付け加えた。

 

「今でもキーアのことを想っているのは確かですが。でも、それは恋とか愛とかとは、ちょっと違う感じでして……それに」

 

『それに?』

「いつまでも、初恋をこじらせたままでいるわけにはいかないでしょう?」

 

俺の言葉に、レンさんは小さく息を呑む気配を見せ、それから。

 

『――ふふっ。ええ、そうね。その通りだわ』

 

どこか憑き物が落ちたような、心底嬉しそうな声音で笑ってくれた。

 

『それじゃあ、楽しみにさせてもらうわね。イーディスに来る日が決まったら、また連絡してちょうだい』

 

「ええ、必ず。……おやすみなさい、レンさん」

 

そうして約束を交わし、俺は通信を切った。

 

 

「…………」

 

静まり返った自室。

俺はベッドに倒れ込み、ぼんやりと天井を見上げた。

 

「……初恋をこじらせたままでいるわけにはいかない、か」

 

先程自分で口にした言葉を、ぽつりと反芻する。

 

今すぐ誰かを好きになるとか、そういう焦りがあるわけじゃない。

だが、過去の記憶だけに縋って生きていくわけにはいかないのは本当だ。

 

胸の奥にひっそりと残る、あの時の少女への想い。

未だにその影に惹きつけられ、どこか心にわだかまりのようなものを抱え続けている自分がいる。

バベルでの別れを経て、憑き物が落ちたように前を向けるようになったとはいえ、その記憶が完全に消え去ることは決してないだろう。

 

俺は少しだけ深く息を吐き出し、天井へ向かって小さく手を伸ばした。

やがて訪れるイーディスでの新しい日々に向けて、少しずつ、自分の足で歩き出すために。

 




書く時に距離感に悩むレンちゃん。
てことで、ちゃんとヒロインです。
次章以降は複数ヒロインですが、それぞれ役割違うのでハーレムとかにはしないよ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

俺の上司共が色んな意味でブラックすぎる件(作者:ギルバート)(原作:英雄伝説)

 物理的にも、精神的にもブラック極まりない悪の組織の構成員に転生してしまったオリ主が、クソの役にも立たない原作知識片手に、上司共に呪われたり、粛清されないよう必死に生き抜いていく話。▼過去改変?より良き未来に?無茶言うな


総合評価:5555/評価:8.77/連載:28話/更新日時:2026年06月08日(月) 00:00 小説情報

転生少女の受難(作者:フッ軽布教女サッチ)(原作:英雄伝説)

トールズ士官学院、旧校舎。▼10人の少年少女に特化クラスⅦ組への参加意思を問う問答の中。▼ひとり、大きなメイスを抱えた少女が震える声で意思を主張した。▼「辞退、します」▼────これは、計算外の蝶の羽ばたきに苦悩する一人の転生者の物語。▼【挿絵表示】▼


総合評価:972/評価:9/短編:1話/更新日時:2026年06月06日(土) 09:15 小説情報

ToLOVEる ~ 生まれ変わった意味を探して~(作者:アイスが食べたいマン)(原作:ToLOVEる)

生まれ変わった主人公時雨優斗(ときさめゆうと)▼何故生まれ変わったのか?▼何故自分がだったのか?▼生きる理由を探しながら身近な人の幸せを守ろうとする主人公の話▼主人公に原作知識はありません。▼タグは順次増えるかもです。▼初投稿なので誤字や文が変かもしれませんがご了承ください。


総合評価:1593/評価:7.71/連載:46話/更新日時:2026年06月26日(金) 05:00 小説情報

自己加速しすぎてスタープラチナ・ザ・ワールド(作者:常谷 優大)(原作:魔法科高校の劣等生)

‐自己加速術式‐▼術者自身の運動速度を向上させ、移動速度や白兵戦の攻撃速度を爆発的に高める魔法である。▼魔法師の中では初歩的な魔法...▼のはずだった。▼西暦2095年、国立魔法大学付属第一校--通称"第一高校"に入学した一人の少年、▼「比企谷八幡」▼彼の使う自己加速魔法は、世界の理さえ覆す。▼「魔法科高校×やはり俺の青春ラブコメは間違っ…


総合評価:1114/評価:6.94/連載:3話/更新日時:2026年05月27日(水) 21:31 小説情報

前世は剣帝(作者:イタク)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

これは全てを失った剣帝がとある世界に迷いこんだ話


総合評価:6368/評価:8/連載:66話/更新日時:2026年06月18日(木) 00:01 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>