『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
地下実験場でのテストは、そこから数時間にわたって粛々と続いた。
あらかじめ送っておいた実戦レポートを基に、細かな調整を施したマイナーチェンジ版の『パルスストライカー』と『パルスグリーブ』へ換装し、あらゆるパターンで動作を繰り返していく。
正直、劇的な変化というほどのものはない。
それでも拳を打ち込むたび、出力の瞬間に返ってくる衝撃が、以前より僅かに丸くなっている気がした。
本当に、ほんの微かに。おそらく機構的にも、今はこのあたりが限界のラインなのだろう。
データを覗き込むリゼットさんも、その点については少しだけ眉を下げ、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべていた。
とはいえ、少しでも身体への負担が減るなら、それに越したことはない。
俺はありがたく、その新型を受け取ることにした。
地下でのデータ収集を終えると、次は実際の戦闘での使い心地を見たい、という話になる。だったらと俺の方から「どこかで魔獣でも相手に試させてほしい」と申し出て、俺たちは州都の外へと足を延ばすことになった。
オレドの街道には、涼やかな風が抜けていた。
舗装の切れた土の道を、俺とリゼットさんは並んでゆっくりと歩く。
やがて街道から少し外れた先に、数匹で群れる小型の魔獣の姿が見えてきた。
「――じゃあ、ちょっと試してきます」
「はい。お気をつけて」
リゼットさんが後方でデータ収集用の端末を構えたのを横目に確認し、俺は地を蹴る。
一足で最も手前の一匹の懐へ潜り込む。
コンパクトに拳を突き出し、触れる寸前のタイミングで『負荷(ロード)3』を叩き込んだ。
ドォンッ!
鈍い衝撃音が空気を打つ。
小型の個体なら、ストライカーの衝撃は肉の芯まで一息に通る。
魔獣は甲高い悲鳴を残し、ボールのように後方へ吹き飛んで動かなくなった。
「グルァッ!」
仲間がやられたのを見て、残りの群れが一斉に牙を剥く。
俺は腰から導力銃を抜き、流れるままに引き金を引き続けた。
タァンッ! タァンッ!
導力弾が正確に飛び、飛びかかる魔獣たちの目を撃ち抜いていく。
視界を潰され、痛みにたたらを踏んだ一匹へ、俺は再び地を蹴って飛び込んだ。
「ふっ……!」
狙いは胴。パルスグリーブを纏った右足を、渾身の力で蹴り込む。
足先が獣の体に沈み込むその刹那に、『負荷3』の衝撃波を解き放った。
ミラベルさんには「一撃ごとに体勢が崩れる」と報告した代物だ。
だがそれは、あくまで人間を相手取った時の話。
相手と間合いさえ選べば、死に武装というわけでもない。
対人のように素早く躱し、防いでくる相手には向かない。
けれど、魔獣のように的が大きく、質量のある相手なら話は別だ。
蹴り抜いた足を引き戻す動きに合わせて衝撃波を生む――そうすれば威力を底上げしつつ、本来は厄介な反動を、そのまま脚を引き戻す推進力へと化けさせられる。
ドンッ!!
獣の巨体が内側から爆ぜると同時、俺の右足は反動に押されて瞬く間に元の構えへ戻っていた。
隙は生まれない。俺は流れるように、次の一匹へと狙いを移す。
導力銃とタクティカルナイフを両手に、残る群れの中へ躍り込んだ。
先日イーディスで新調した戦術オーブメント《Xipha(ザイファ)》を起動し、周囲へシャードを展開する。
身体能力を底上げしながら、状況に応じてストライカーとグリーブの負荷を刻むように調整し、急所を穿ち、あるいは打ち砕いていく。
もとより大した個体でもない。
危なげなく、群れはあっという間に沈黙した。
(……うん、悪くない)
対人戦特有の、肌がひりつくような緊張感とはまるで違う。
それでも、ザイファのシャード捌きや新しい武装の連携を身体へ馴染ませるには、ちょうどよかった。
ここのところ街中での立ち回りばかりで、こうして純粋に魔獣と向き合う機会は、めっきり減っていたから。
ナイフの血を払い、鞘へ収める。
ひとつ息を吐いた俺のもとへ、リゼットさんが歩み寄ってきた。
「お疲れ様でした、アル様」
「ありがとう。データとしては、これで十分かな?」
「ええ、十分すぎるほどです。貴重な実戦データを取得できました」
満足げにタブレットを操作する彼女と連れ立って、俺たちは来た道をゆっくりと引き返し始めた。
帰り道。
何気なく横のリゼットさんへ目をやって、俺はあることに気づいた。市
内の綺麗に舗装された道では分からなかったが、土や小石の転がる未舗装の街道になると、彼女の足取りがどこか覚束ない。
「おっかなびっくり」とでも言うような、慎重すぎる運びだ。
(……そういえば、ずっとアバター越しでサポートしてたって言ってたな)
怪我か病か、長く療養していて、ようやく外を歩けるようになったばかりの病み上がり――そんなところかもしれない。
だとすれば、最初の頃に通信の向こうでアバターを纏っていたのも腑に落ちる。
そう当たりをつけて、俺はさりげなく歩幅を狭めた。
足場の悪いところでは歩きやすい側を彼女に譲り、もしバランスを崩してもすぐ手を伸ばせるよう、少しだけ距離を詰めて、急かさぬ速度で並ぶ。
そんな穏やかな道すがら、俺はふと、イーディスでの一件を思い出して口を開いた。
「そういえばさ。こないだまでイーディスにいたんだけど、偶然、俺と同じマルドゥックの装備を使ってるやつと知り合ったんだよ」
「マルドゥックの、ですか?」
「ああ。ヴァン・アークライドっていう名前なんだけど……」
その名を口にした途端だった。
いつも冷静で、完璧な微笑を絶やさないリゼットさん。
そのかんばせが、パチリと大きく目を見開いて、あからさまな驚きに彩られる。
「ヴァン様と、お会いになられたのですか……?」
考えてみれば当然なのかもしれない。
それでも、遠く離れたオレドにいる彼女が、共和国の裏解決屋の名を即座に手繰り寄せたことに、今度は俺の方が意表を突かれた。
「ああ。ひょんなことで知り合ってさ、人生相談にまで乗ってもらってね」
「まあ……。実は、その……ヴァン様は、アル様と同じく、私が専属で受け持たせていただいている顧客でして」
「――ぶっ」
俺は思わず吹き出した。
マルドゥック社に何人いるとも知れないサービスコンシェルジュ。
よりにもよってその中で、自分とヴァンの担当が、寸分違わず同じ人物だったとは。
「あははっ! いや、向こうでヴァンとも言ってたんだよ。たまたま意気投合した相手と武器の出どころが一緒で、しかも担当のSCまで同じだなんてさ……世間ってのは、つくづく狭いな」
おかしくてたまらず笑い転げる俺に、リゼットさんも驚きを通り越したのか、釣られたように「くすっ」と上品な笑みをこぼした。
「ふふ……ええ、本当に。奇遇というものは、あるのですね」
柔らかな風が二人の間を抜けていく。和やかな空気に包まれたまま、俺たちは歩みを進めた。
――だが、その穏やかさは、あまりに唐突に断ち切られた。
『――きゃあああああっ!!』
『ギャオォォォォォンッ!!』
街道の先、少し離れた場所から。
空気そのものを震わせる女性の悲鳴と、先刻の小型魔獣とは比べ物にならない、巨大で凶悪な咆哮が轟いた。
「っ……!」
俺は弾かれたように顔を上げ、腰の導力銃へ手をやる。
「リゼットさん、あんたはそこで待機して――」
非戦闘員の彼女を安全な場所に残し、単身で駆けようと口を開いた。その、瞬間だった。
「――大丈夫です。アル様は、私のことはお気になさらず」
声が、変わっていた。
先ほどまでの柔らかな響きは消え、一片の揺らぎもない、冷たく澄み切ったプロフェッショナルの声へと。
「……分かった」
その瞳の奥に灯る確かな覚悟を見て取り、俺は短く頷くや、悲鳴の方角へと全力で駆け出した。
背後には、未舗装の悪路をものともせず、俺の速度に一歩も遅れることなく追随してくる、リゼットさんの気配があった。