【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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準遊撃士

 

「アル様……!」

 

心配そうに駆け寄ってくるリゼットさん。

それに続くように、先ほどの少年少女と依頼主の女性も、こちらへ急ぎ足で向かってきていた。

座り込んだままの俺は、彼らへ軽く笑みを返す。

 

そして、強烈な衝撃を放った右手を、ゆっくりと握り込んでみた。

 

(……なんとか、動くか)

 

かろうじて、指先から微かな反応が返ってくる。

博士の造り上げた身体の強度のおかげで、内部機構が完全に壊れきったわけではないらしい。

痛みというより、ひどく鈍い麻痺が広がっている。

まともに武器を握るのは修理まで無理だろうが、無理をすれば軽く手を振る程度はできそうだ。内心で、密かに胸を撫で下ろす。

 

「お、お兄さんすごい! めっちゃ強いんですね……!」

 

興奮冷めやらぬ様子で、槍を持った少女が目を輝かせて甲高い声を上げる。

対照的に、赤毛の少年は恐縮しきった様子で、深々と頭を下げてきた。

 

「巻き込んでしまってすみません……! 助けていただき、本当にありがとうございます」

 

その言葉に被せるように身を屈めようとするリゼットさんへ、俺は視線だけで「少し待っててくれ」と合図を送る。

彼女がそれを察して歩みを止めたのを確認し、俺は目の前の三人へと向き直った。

 

「いや、気にしないでくれ。そっちも無事で良かった。いきなりだったから、こっちも驚いたけどな」

 

「はい。僕らも護衛依頼で街に戻る途中、突然あいつに遭遇してしまって……」

 

少年が苦笑混じりに呟き、そこでハッと姿勢を正した。

 

「すみません、名乗り遅れました。僕はライル・アディン。遊撃士協会に所属する、準遊撃士です」

 

「同じく、リオ・フィリアン! ライルの相棒で、同じく準遊撃士ですっ!」

 

ライルの丁寧な自己紹介に続き、リオと名乗った少女が元気いっぱいに挨拶をする。

それから、ライルが「それと……」と後ろへ目配せをした。

促されて一歩前に出たのは、護衛対象である風変わりな旅装の女性だった。

 

「この度は、危ないところを助けていただきまして、本当にありがとうございます。わたくしは、シェリア・リーフィールドと申します」

 

風変わりな出で立ちでありながら、その所作は洗練されている。

育ちの良さをはっきり窺わせる、優雅で美しい一礼だった。

奇妙な旅装と、あまりに品のある仕草。

そのチグハグさにどこか引っかかりを覚えつつも、俺はひとまず息を吐く。

 

「よいしょ、っと」

 

無事な左手で膝を押し、ゆっくりと立ち上がる。

リゼットさんには確実に右腕の異常がバレているだろうが、初対面の彼らにまで余計な心配をかける必要はない。

右腕を自然にだらりと下げたまま、平常を装う。

変に動かそうとさえしなければ、ボロは出ないはずだ。

 

「丁寧な挨拶、どうも。こっちはアル。まあ、ただの旅人みたいなもんだ」

 

素性を正直に語るわけにもいかず、適当な言葉でお茶を濁す。

俺に続くように、リゼットさんも静かに一歩前へ出た。

 

「マルドゥック綜合警備保障のサービスコンシェルジュを務めております、リゼットと申します。以後、お見知りおきを」

 

淀みのない流麗な所作で挨拶を添える。

その隙のない佇まいに三人組が目を丸くしていると、やがてライルが、ひどく思い詰めたような顔で深く俯いた。

 

「本当に、改めてになりますが……僕たち、準とはいえ遊撃士の身でありながら、一般の方を危険に巻き込んで、助けていただくなんて……」

 

沈んだ声色から、彼がどれほど自分の不甲斐なさに責任を感じているかが伝わってくる。

根が相当、真面目な性格なのだろう。

その様子に合わせ、相棒のリオも「私も、本当にごめんなさい!」と勢いよく頭を下げた。

 

その若く不器用な姿に、かつての世界で遊撃士として駆け回っていた頃の記憶がふと重なり――俺は思わず「くすっ」と小さく吹き出してしまった。

 

「あ、ごめん。笑うつもりじゃなかったんだ」

 

唐突な笑みに、二人が不思議そうに顔を上げる。

 

「君たち、準遊撃士なんだろ? だったら、そんなに気に病むことはない。あそこに突っ込んでいったのは俺の勝手だし……何より、君たちは遊撃士としての職務をちゃんと全うしていたよ」

 

それは後輩への慰めなどではない、純然たる事実だった。

彼らはあの緊迫した状況下で、最初から依頼者の保護を最優先に動いていた。

勝ち目がないと悟れば無謀な玉砕に走ることなく、即座に安全な場所へ逃げる算段を立てていた。

囮となって敵を惹きつけようとしていたライルにしても、己を犠牲にするつもりなど微塵もなかったはずだ。

自らも生き延びて離脱する――その確かな生存への意志が、あの瞳には宿っていた。

 

だからこそ分かる。

彼らは準という見習いの立場でありながら、間違いなく立派な『遊撃士の精神』を胸に宿している。

 

それでもなお、無関係な一般人を巻き込んでしまったことへの責任を感じているのか。

ライルは、どこか浮かない表情を落としたままだ。

その生真面目すぎる背中を見ていると、どうにも他人事とは思えなくなってくる。

だから俺は柔らかく笑いかけ、ひとつの種明かしをした。

 

「実はさ。事情があって辞めざるを得なかったんだけど……俺も昔は、遊撃士だったんだ」

「「えっ……!?」」

 

ライルとリオが、弾かれたように顔を上げる。

ふと横を見れば、常に完璧なポーカーフェイスを崩さないリゼットさんでさえ、初めて知る事実にほんの僅か、目を丸くしていた。

 

「もう辞めちまった人間が偉そうに言うことじゃないかもしれないけどさ。まだ正遊撃士になれてない見習いのうちは、そこまで全部の責任を背負い込まなくていい」

 

驚きで固まる彼らへ、俺は言葉を続ける。

 

「結果として誰も死なず、みんな無事に助かった。なら、今日感じた自分の至らなさや問題点は、そっくりそのまま『次に活かす』ための糧にすればいい」

 

『次に活かすための勉強を続ける』。

それは準であれ正であれ、遊撃士の紋章を掲げる限り、生涯付き合っていく命題だ。

 

遊撃士の仕事は、あまりに多岐にわたる。

得意な分野の依頼だけを選ぶことはできても、いつどこで、どんな想定外の理不尽に直面するかは誰にも読めない。

だからこそ専門外の事柄にも貪欲に知識を求め、泥臭く経験を積むことが要る。

だが、どれほど実力を身につけようと、絶対に忘れてはならないものがある。

 

力を持たない誰かを守り抜くための、『支える籠手』の精神だ。

 

「さっきの君たちの立ち回りは、間違いなく『籠手の精神』に沿ったものだった。遊撃士として、絶対に必要な心構えだよ」

 

俺は真っ直ぐに二人の目を見据え、はっきりと告げた。

 

「だから、自分たちの判断に、もっと胸を張っていい」

 

その言葉が深く浸透したのだろう。

ライルとリオの顔から迷いの色がふっと抜け、やがて何かを噛み締めるように、二人の瞳へ確かな光が宿っていく。

俺の言葉に感じ入るものがあったのか、シェリアさんは口を挟むことなく、俺と若い準遊撃士たちのやり取りを、静かで穏やかな眼差しで見つめていた。

 

それは、傍らのリゼットさんも同じ。

ただ、彼女の視線にはただの感心だけではない、こちらの状態を深く慮るような色が滲んでいたらしい。

後になって思えば、の話だ。

この時の俺は彼らへの対応に気を張っていて、その細かな気遣いに全く気づいていなかった。

 

やがて、ライルとリオは改めて深く頭を下げ、シェリアさんを囲むようにしてオレドの街へと歩き去っていく。

三人の背が完全に見えなくなったのを確認して、リゼットさんが切羽詰まった声で距離を詰めてきた。

 

「アル様。……右腕の様子は、いかがですか」

 

「ん、ああ……」

 

人目がなくなり、無理に隠す必要もなくなって、俺はゆっくりと右腕を動かしてみる。

 

(……やっぱり、ダメだな)

 

力を入れた時の手応えは、ほとんど無きに等しい。

重い鉛を引きずるような、極端な反応の鈍さ。

それでも肩から持ち上げるようにすれば腕自体は上がるし、多少の動作は利く。

指先に力を込めて何かを握ることは、当分できそうにないが。

 

「まあ、あんまりよろしくはないけど……一応は大丈夫かな」

「……よかったです」

 

ありのままの感覚を伝えると、リゼットさんは微かに震える息を吐き、心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。

 

右腕の内部機構の修復となれば、現状ではノバルティス博士に直接診てもらうしかない。

当然、これ以上の実戦テストは中止だ。

とりあえず街へ戻ってどうしたものか――と、これからの算段を頭の中で組み立てていた、その時だった。

 

「アル様」

 

ふと、リゼットさんが何かをためらうように、言葉を区切った。

視線を向けると、彼女は少しだけ思案する素振りを見せた後、ゆっくりと顔を上げる。

俺の負傷を案じつつも、その澄んだ瞳の奥には、どこか強い決心を固めたような光が宿っていた。

 

「……街に戻る前に。少しだけ、ここで休憩していきませんか?」

 

静かな、けれど有無を言わさぬ真摯な響き。

普段の業務的で完璧な『サービスコンシェルジュ』の顔ではなく、どこか一人の人間としての体温を感じさせる声色で、彼女はそう語りかけてきた。

 

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