【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
「は?」
予想外の言葉に、俺は完全に呆けたような声を漏らしてしまった。
取材……? 取材???
唐突すぎる申し出に、頭の中でいくつもの疑問符がぐるぐると回り続けている。
だが目の前には、依然として優雅な笑みを崩さない小説家の姿があるばかりだ。
「えーと、その……取材、ですか?」
「ええ。取材です」
俺は困惑から軽く頭を掻きながら、穏やかな笑みをたたえたままの彼女と会話を続ける。
隣に座るリゼットさんも少し驚いたように目を瞬かせた後、俺の反応を伺うように横顔を見つめてきている。
向かいに座る二人の若い準遊撃士も、依頼主の言葉に口を挟む気はないらしい。俺は改めてシェリアさんへと向き直った。
「その、取材というと一体何の……? 昨日もお伝えした通り、俺はただの旅人みたいなものなんですが」
「ふふっ」
俺の言葉に、彼女はころころと鈴を転がすように笑う。
「わたくし、少々『鼻』がききまして……」
「鼻、ですか?」
「ええ。なんとなく匂いとでも言うのでしょうか……こう、『面白そうなもの』を敏感に感じ取ることができると言いますか」
それは実に、最近知り合ったばかりのイーディスの『裏解決屋』と、そっくり同じようなセリフだった。
多分この時の俺は、頬を引き攣らせた酷く胡散臭い笑みを浮かべていたことだろう。
だが、彼女はそんな俺の表情など全く気にする素振りも見せない。
「ええ、おかげで小説のネタ探しには事欠かないと言いますか」
そして彼女は、こともなげにこう言い放った。
「今まで描いてきた小説も、半分くらいは実体験をもとにしたものが多いのですよ?」
「…………」
あっさりと投下された爆弾発言に、俺は絶句する。
(いやいやいやいや……!)
心の中で、猛烈な勢いでツッコミを入れた。
この人の書いている『少女探偵』シリーズ。
タイトルに探偵とはついているものの、その内容はド派手なスペクタクル要素満載の冒険活劇だ。
作中には七耀教会やら、怪しげな秘密結社やら、様々な英雄やらが登場し、世界規模の巨大な事件に巻き込まれていくというスケールの大きな物語だったはずなのだが……アレの半分が「実体験」だと言うのか。
俺が脳内でかつての小説の内容を必死に反芻しているのを察してか。
彼女は悪戯っぽく微笑み、口元に手を当てた。
「もっとも、かなり脚色している部分などもございますが……。それに、実在のお名前をそのまま拝借するわけにはいきませんしね」
可愛らしい笑顔の奥から、とんでもない事実がさらりと語られる。
「それで、取材の件、いかがですか?」
小首を傾げて問いかけてくるシェリアさん。
彼女の目には、一体何が映っているのだろうか。
お淑やかなご令嬢の風を装ってはいるが、その内側からは隠しきれない『興味津々』というオーラがはっきりと滲み出ており、俺は若干気圧されていた。
「いや……残念ですが、俺の人生なんてさして面白いものでもないですよ」
やんわりと断りを入れた、その時。
ふと、隣に座るリゼットさんが「くすっ」と小さく吹き出したような気がした。
(ん?)
慌てて横へ視線を送るが、そこにはいつもの完璧でクールなコンシェルジュの表情があるだけ。
気のせいだろうか。いや、昨日の今日で俺のあの荒唐無稽な生い立ちを聞いた彼女からすれば、今の『さして面白いものでもない』という発言は、どう考えても笑いどころだったはずだ。
一方、問題のシェリアさんは、断られたことに対してじーっと俺の顔を見つめ……やがて、小さなため息をこぼした。
「わかりましたわ。残念ですが、仕方ありませんわね」
あっさりと引き下がってくれたことに、俺は内心で小さく安堵の息を吐く。
「無理強いしても、決して良いものは出来ませんもの。……気が向いたら、いつでも教えてくださいませんか?」
「…………」
満面の笑顔で放たれたその言葉。
絶対に諦めていないであろうその強かな気概に、俺はただ引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。
その後。準遊撃士の二人も交え、少しの和やかな談笑を挟んだところで、俺はずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「先ほど言っていた、『実体験を元にしている』というのは……?」
「ふふ。主人公にわたくし自身を投影しているという訳ではないのですが……昔から、どうにも事件などに巻き込まれやすい体質でして。それを下敷きに描かせていただいているのです」
「いや、少女探偵シリーズの事件って……」
思わず口に出してしまう。
あの作中で描かれる、七耀教会やら怪しげな秘密結社やらが絡む、国境を越えたド派手な大事件の数々。
あれに『巻き込まれやすい体質』とは、一体どういう人生を歩めばそうなるというのか。
絶句する俺を見て、彼女は楽しげに目を細めた。
「ふふっ。詳細は、ご想像にお任せいたしますわ」
優雅に煙に巻くような返答。だが、彼女はそこに、さらりととんでもない爆弾を付け加えた。
「それに……こういう実体験に基づいた小説というのは、意外と多いものですのよ?」
これまた、とんでもない話が飛んできた。
「実体験に基づいた小説は多い、ですか……?」
最近はめっきり本を開く機会も減ってしまったとはいえ、そこを突かれると、かつて図書館に引きこもっていた「本の虫」としての感覚がひどくくすぐられる。
「ええ。例えばですが……」
シェリアさんは、紅茶のカップを優雅に持ち上げながら、ふふっと楽しげに口元を綻ばせた。
「《カーネリア》や《賭博師ジャック》、《闇医者グレン》、それに《赤い月のロゼ》あたりなんかは、実在の人物と実際に起きた出来事をモデルにしていると聞いておりますわ」
「なっ……」
さらりと挙げられたそのタイトル群に、俺は思わず身を乗り出した。
どれもこれも、かつて夢中になって読み漁った超が付くほどの名作シリーズばかりじゃないか。
「アレって、全部ただのフィクションじゃなかったんですか!?」
「ベースとなる事実を元に、脚色や構成を加えているのだと思いますけれどね。……ちなみに《カーネリア》に関しましては、過去に少しご縁がありまして。モデルとなったトビーさんとアインさん、お二人ともにお会いしたことがございますのよ」
「えええっ!?」
これには本気で驚いた。
《カーネリア》といえば、七耀教会の星杯騎士と猟兵の絡む、ハードボイルドな大傑作だ。あの作中のトンデモないキャラクターたちが、実在しているというのか。
「と、トビーさんって……あの、作中でボロボロになってた主人公の……?」
「ええ。とても気さくで、面倒見の良い素敵な方でしたわ。……《賭博師ジャック》の中でモデルになられていたハルさんとも、共和国のラングポートという街で一度お会いしたことがございますし」
「マジか……」
ただの刊行物、誰かが頭の中で作り上げた楽しい「読み物」としてしか見ていなかった俺にとって、それはあまりにも衝撃的な事実だった。
自分の憧れていた英雄譚や冒険活劇の登場人物たちが、この空の下のどこかで本当に生きている。
そう想像しただけで、胸の奥底で眠っていた少年心がとめどなく溢れ出してくる。
「いや、すごいな……。じゃあ、《赤い月のロゼ》の吸血鬼伝説なんかも……」
「ふふっ。どこまでが真実かは分かりませんが、『火のない所に煙は立たぬ』と言いますから」
目を輝かせて次々と質問を重ねる俺に、シェリアさんは嫌な顔一つせず、ニコニコと穏やかな笑顔で答えてくれた。
向かいに座るライル君やリオさんも「へえーっ」と身を乗り出して聞き入っており、隣のリゼットさんに至っては、子供のように熱中する俺の横顔を、どこか姉のように微笑ましい眼差しで見つめていた。
俺はその視線にも気づかないまま、時間を忘れて、彼女の語る「物語の裏側」にひたすら楽しく耳を傾け続けていたのだった。
そうして、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
やがて、シェリアさんがスッと立ち上がり、居住まいを正した。
「お時間、大変失礼いたしました。名残惜しいですが、わたくしはこのあたりで失礼いたしましょう」
「こちらこそ……なんか、力になれなくて申し訳ないです」
久しぶりに童心に返って本の話で盛り上がれた分、最初の取材の申し出をあっさり断ってしまったことに、俺は少しだけ引け目を感じていた。
しかしシェリアさんは、気にした風もなくふわりと微笑む。
「いえ、こういうものも『機』というものでしょう。無理にお聞きするものでもありませんしね。……またいずれ、機会がありましたらその時はよろしくお願いいたしますわ」
優雅に一礼し、彼女がその場から立ち去ろうとした、その時だった。
「あの、アル兄さん!」
向かいのソファに座っていたリオが、思い切ったように身を乗り出して声をかけてきた。
「ん?」
顔を向けると、彼女は真剣そのものの眼差しで俺を見つめ、勢いよくバッと頭を下げた。
「その……今度、私達に戦い方を教えてくれませんか!」
「あ……?」
突拍子もないお願いに呆気にとられていると、隣のライル君までガタッと立ち上がり、リオと同じように深く頭を下げてきた。
「すみません、突然! 僕からも……どうか、お願いできませんか!」
「いやいや、ちょっと待って。どうしたの突然」
俺が慌てて制止すると、ライル君が少し気恥ずかしそうに、それでも熱量のこもった瞳で俺を真っ直ぐに見据えてきた。
「その……昨日のアルさんの戦い方を見て、ちょっと、その……凄すぎるって思ってしまって」
「アル兄さんが助けに入ってくれた時の動きとか、立ち回りとかを考えて……私達、まだまだ全然足りない。もっと強くなりたいって、そう思ったんです……!」
力を持たない者を守るため。遊撃士として、確かな力を得るため。
その真っ直ぐな向上心と熱意は痛いほど伝わってきたが、俺は困ったように頬を掻く。
「気持ちはすごく嬉しいけど……俺、この先もずっとこのオレドの街にいるわけじゃないんだ。ちょっとした仕事の用事で来てるだけで、明日にはここを発つ予定だし」
だから、腰を据えて君たちの修行を見てやるなんてことはできないよ。
そう現実的な事情を告げても、二人の眼差しから熱が消えることはなかった。
「だったら……また今度、アル兄さんがこっちに来た時でいいですから!」
食い下がるリオ。ライル君も無言で力強く頷いている。
そのひたむきで必死な姿に、俺はふと、かつての自分自身の姿を重ね合わせていた。
エリュシオンによって演算された、ありもしない歴史の中での記憶。
クロスベルの街で準遊撃士のバッジを胸に掲げ、特務支援課のみんなの背中を必死に追いかけていたあの頃。
『――ランディ先輩、今の動き、もう一度教えてもらえませんか!』
『ロイドさん、僕も……僕も、もっと強くなりたいんです!』
あの時の『僕』も、今の彼らと全く同じ瞳をしていた。
大切な誰かを守るために、強くなりたくて。
必死で先輩たちに食らいつき、教えを乞うていた。その不器用な熱意を、支援課のみんなはいつだって真っ直ぐに受け止めて、未熟だった『僕』を全力で導いてくれたのだ。
(……俺は、あの人たちの背中を見て育ったんだ、ここで…無下にできるわけないよな)
俺は小さく息を吐き出し、負けたとばかりに苦笑を浮かべる。
「あー……。まあ、俺の用事の都合上、半年に一回くらいの間隔になるだろうけど。多分、これからも定期的にオレドには来ることになると思うから」
俺の言葉の意図を察し、二人の顔がパッと明るくなる。
「それじゃあ……!」
「ああ。俺がこっちに来たタイミングで都合が合えば……その時は、少し付き合うよ。よろしくな、ライル君、リオさん」
俺がそう引き受けると、二人は顔を見合わせ、応接スペースに響き渡るほどの元気な声で「はいっ!!」と返事をしたのだった。
***
そうして、マルドゥックの立派な社屋から外へと出た三人。
眩しいオレドの陽射しの中、ライルが隣を歩くシェリアへ少し気遣うように声をかけた。
「その……残念でしたね、取材の件」
申し訳なさそうにする彼を見て、シェリアは優雅にふふっと微笑む。
「こればかりは仕方ありませんわ。無理にお聞きしても、良い物語は紡げませんから。……けれど、そちらの頼みは無事に受け入れてもらえてよかったわね」
「えへへー、なんだか私達だけ良い思いしちゃって、ごめんなさい!」
リオが照れくさそうに頭を掻きながら笑うと、シェリアもつられるように目を細めた。
やがて、ライルが居住まいを正して彼女に向き直る。
「それじゃあ、これで今回の護衛依頼は……」
「ええ。昨日の魔獣の件も含め、十二分な対応でしたわ。お二人とも、本当にありがとうございました」
シェリアが改めて丁寧な労いの言葉をかけると、二人の準遊撃士はホッとしたように表情を緩めた。
「シェリアさんは、これからどうするんです?」
リオの無邪気な問いかけに、シェリアは「そうですわねぇ……」と、今日一番の力ない笑みを浮かべた。
「……そろそろ、担当の編集の方が怒り狂っていそうですし。このままオラシオンに戻って、しばらくは屋敷に缶詰めで執筆作業ですわね」
大人気作家ゆえの逃れられない宿命を前に、少しだけ肩を落とすシェリア。
その人間味あふれる姿に、ライルとリオも思わず苦笑いをこぼす。
そして、シェリアは改めて二人の若い遊撃士へ向けて、見事な礼の姿勢をとった。
「お二人とも、今回は大変お世話になりました。……またこちらへ来る機会がありましたら、是非ともまたお二人に護衛をお願いさせていただきますので。これからの修行、頑張ってくださいね」
「はいっ! ありがとうございました!」
「次にお会いする時は、もっともっと強くなっておきますから!」
顔を見合わせ、元気いっぱいに返事をするライルとリオ。
シェリアはそんな彼らの眩しい成長の兆しを優しく見守るように、静かな微笑みで応えるのだった。
京都ザナドゥしてました。またちょくちょく続きをかいていきます