【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
オレドから結社の拠点へと帰還した俺は、休む間もなくその足で真っ直ぐに博士のラボへと向かった。
ラボ内の空気は、最悪だった。
ある程度予想はしていたが、ネットワーク方面から例の『危機管理AI』へ探りを入れようとしたものの、軽く触った限りでも一筋縄ではいかない堅牢さだったらしい。
博士は俺の顔を見るなり、自身の苛立ちを八つ当たりするようにねちねちと嫌味を連発してきた。
俺はそれを右から左へと適当に聞き流しながら、メンテナンス台に座り、損傷した右腕の修理――というより、交換を受けていた。
ある特殊な事情からおいそれと換えがきかなくなっている胴体部分と違い、四肢にはそれなりの数の予備部品が用意されている。
俺の肩から無造作に古い腕が取り外され、新たな腕のパーツがガシャリと接続されていく。
何度見ても、こうして自分の身体がただの機械部品としてすげ替えられる光景には慣れない。
自分が明らかに人間ではないのだという事実を、嫌でも突きつけられるようで、いまだに得体の知れない薄ら寒さを覚える。
と言っても、今更どうしようもないことなのだが。
腕の接続と神経回路の調整を終えた後。
俺は博士に先日から頼み込んでいた『ある代物』――細長いガンケースに収められたそれを受け取った。
「手間をかけさせたな、博士。助かったよ」
素直に礼を言い、俺はブツブツと文句を言い続ける博士のラボから、早々に退散したのだった。
***
――それから数日後。
俺は今、セドリックと共に、帝国北部の辺境地帯にある廃棄された小規模な砦の近くの茂みに潜んでいた。
「……んで、最終確認だけど」
遠目を利かせるための双眼鏡を下ろし、俺は隣で息を潜めるセドリックへと顔を向ける。
「俺達『二人だけ』で、あの砦を攻略しろと。それも、大陸最強の猟兵団である《赤い星座》の連中が、ガチガチに守りを固めてるあそこを……?」
マジで言ってんのか、と。
姉さんから直々に下されたイカれた訓練オーダーに、俺は思わず頬を引き攣らせた。
セドリックは双眼鏡から目を離さないまま、どこか疲労感の漂う、それでいて『これ、絶対にあなたのせいですよね』と暗に言いたげな笑みをこちらへ向けた。
「ええ。僕の時のシゴキもかなりのものでしたが……今回はそれに輪をかけてキツいですね」
「……だよなぁ」
以前、彼が一人で受けたシゴキというのは、セドリック単身と人形兵器のみで、一部の《赤い星座》と結社の強化猟兵たちが張った多重包囲網から抜け出すという、これまた常軌を逸したサバイバルだったらしい。
ただ、その死と隣り合わせの極限のシゴキを死に物狂いで乗り越えたおかげで、かつての彼の中で燻っていた皇太子としての迷いや躊躇いは、ある意味で完全に吹っ切れたと聞いていた。
「まあ、嘆いていても仕方ない。……セドリック、そっちの準備は?」
切り替えて尋ねると、セドリックは一つ頷き、自身の装備をチェックし始めた。
手配された最新の戦術オーブメント《Xipha(ザイファ)》の確認。
そして、以前のような大剣一辺倒だった戦闘スタイルから一新し、今ではサイドアームとしての小型導力銃や、スローイングナイフまでも隠し持っている。
この一年、折に触れて手合わせをしてきたが、その洗練された立ち回りと泥臭い手数の多さは、以前とは比べ物にならないほどやりづらく、かつ厄介なものになっていた。
「こちらの準備は万全です。……そちらは?」
セドリックが、俺の装備へと視線を向けてくる。
「今回は内容がガチガチの戦闘だって分かってるからな。フル装備で来させてもらったよ」
いつもの大型コンバットナイフに、中型の導力銃。各種効果の異なるグレネードを複数。
そして――腰部の特殊なアタッチメントにマウントしている『新兵器』。
いや、バージョンアップを果たして戻ってきた、俺の相棒とでも言うべきか。
それを見たセドリックが、目を少し見開いた。
「それが……あのバベル事変の頃に、あなたが手にしていたものですか」
「はは。まあ、オリジナルの方は、どうやら俺の墓の中に一緒に埋葬されたらしいけどね」
つい先日、レンさんと通信でやり取りをした際に聞かされた事実だった。
俺が死んだ後、キーアや支援課の皆が、俺の亡骸と一緒にあの武器をクロスベルの地へ埋葬してくれていたらしい。
今の俺が手にしているのは、あくまで新造された二代目だ。
俺は腰部にマウントしている、新たなる姿となった愛機――多目的兵装《ヘカトンケイル》を手に取った。
ノバルティス博士いわく『Ver.2』。
かつて俺が使っていた可変式スタンハルバードの機構を、さらに推し進めたものだ。
携行性を高めるための折り畳み・腰部マウント機能の実装。
変形速度のさらなる高速化。
それに加えて、刀身を展開・拡張させる『大剣モード』や、弾数こそ限られるものの面制圧を可能とする『ロケットランチャーモード』まで組み込まれている。
かなり前から、大型の魔獣や大物とやり合う際、ナイフや徒手空拳だけではどうしても火力とリーチの不足を感じており、博士に「前の武器と同じものを用意してほしい」とせっついていたのだ。
だが、あの偏屈な天才博士は「以前の設計のまま再度組み上げるなど、私のプライドが許さん」と鼻で笑い、結果として過剰なまでの魔改造が施され、先日ようやくロールアウトしたというわけだった。
「さて……」
一通りの装備の最終確認を済ませると、俺たちは再び双眼鏡を構え、目標となる廃棄砦の様子を窺った。
遠目に見える範囲からでも、要所には隙なく歩哨が立ち、凶暴な軍用犬が放たれているのが確認できる。
向こうは向こうで、この防衛戦を完全な実戦を想定したシミュレーションとして活用しているのだろう。
猟兵団《赤い星座》の精鋭たちが構築した、明らかな『実戦向け』のガチすぎる配置だ。
それを見て、俺とセドリックは双眼鏡を下ろし、顔を見合わせて同時に苦笑いをこぼした。
「……やるか」
「ええ。死なない程度に、暴れてやりましょう」
短い言葉を交わし、俺たちは立ち上がると、分厚い包囲網が敷かれた鉄火場の砦へと向けて、同時に駆け出した。