【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
重々しい軋み音を立てて開いた扉の先は、天井の高い、程よく開けた空間だった。
満身創痍の身体を引きずるようにして足を踏み入れる。冷えた空気が、汗と硝煙にまみれた肌に染み込んできた。
その中央に、男は静かに立っていた。
身の丈ほどもある巨大な導力ライフルを片手に提げ、微動だにしない。ただそこに在るだけで、広間の空気を支配してしまうような重圧。
《閃撃》のガレス。
彼はまず、俺の隣に立つセドリックへと目を向けた。
「一年ぶりほどになられますか。……ずいぶんと、見違えられましたな」
低く落ち着いた声。だが、その響きには確かな感嘆が滲んでいた。
「ええ。その節は、お世話になりました」
セドリックが苦笑を浮かべて返す。おそらく、先日話していた姉さんのシゴキの一件だろう。
多重包囲網からの脱出という、あの常軌を逸したサバイバル。
「直接刃を交える機会こそありませんでしたが……あなたの射撃支援には、随分と手を焼かされましたよ」
「フッ。……こちらとしては、仕留めきれなかったという結果が残っているだけです」
短く言葉を交わし合う二人。その静かなやり取りからは、かつて生死の境で対峙した者同士の、確かな敬意が感じ取れた。
そして、ガレスさんの視線が、ゆっくりと俺の方へ向けられる。
「…………」
一瞬。ほんの一瞬だけ、その厳めしい口元に、微かな笑みが浮かんだように見えた。
(……気のせい、か)
俺が思考を巡らせるより早く、彼は再び鉄面皮を纏い、重い声で告げた。
「この試練において、最後の壁となるシャーリィ様は、この先に続く扉の向こうにおられる」
巨大なライフルの銃口が、ゆるりと持ち上がる。
「先に進みたくば――打倒していくことだ」
宣言と同時に、広間の空気がビリリと張り詰めた。
俺は無言で《ヘカトンケイル》の機構をスライドさせ、導力ライフル形態へと変形させて構え直す。
隣ではセドリックもまた、両手で大剣を握り込み、腰を落として構えを取った。
――その、直後だった。
俺たちとガレスさんとの中間地点。
何もなかったはずの空間が、左右二箇所で同時に、陽炎のように揺らいだ。
ズンッ、ズンッ、と。重い駆動音が二重に重なり、そこへ巨大な鋼の影が実体化する。ステルスを解除し、姿を現したのだ。
四本の腕。そのそれぞれに、刀に似た長大な武装を携えた、大型の重機動型。結社謹製の、新型人形兵器。
それが二機。俺とセドリック、それぞれの正面に、分厚い壁となって立ち塞がっていた。
眼前に二機の鋼鉄が降り立ったのと同時に、ガレスさんがそれに合わせるようにして後方へと大きく飛び退いた。着地と同時に巨大な導力ライフルを構え、黒々とした銃口が真っ直ぐにこちらを向く。
「――アルッ!!」
セドリックの鋭い叫びが広間に響いた。
「わかってる!」
短く応え、俺たちは同時に地を蹴った。互いに逆方向へと走り、意図的に間合いを引き裂いていく。
大型の人形兵器。それだけでも十分すぎるほど厄介だというのに、あの四本腕だ。
手数で圧倒されるのは目に見えている。もし二機に連携を許し、そこへガレスさんの狙撃支援まで加われば、俺たちは何一つできないまま、為す術もなく挽き潰されるだろう。
だからこそ、分断する。そして――相手の巨体そのものを遮蔽物として使う。
俺とセドリックは、それぞれ人形兵器の大柄な鋼の身体を背にする位置取りを意識しながら、ガレスさんの射線を断ち切るように動き続けた。
だが、向こうもただ突っ立っているわけがない。
ヴゥゥンッ、と駆動音が高鳴る。人形兵器はその大仰な巨体を軋ませると、足元のローラーを滑らせ、常識外れの加速で一気に距離を詰めてきた。
迫り来る鋼の壁。四本の腕のうち、上部の二本が同時に振りかぶられ、長大な刀身が容赦なく俺の頭上へと振り下ろされる。
(ハルバードじゃ、受けきれない――!)
ならば。
俺は手の中で《ヘカトンケイル》を逆方向へと回転させた。
ガシャァンッ!
博士が新たに仕込んだ変形機構。展開されたチェーンソーのブレードが基部と結合し、瞬時に分厚い大剣へとその姿を変える。
俺は腰を落とし、下から掬い上げるようにして、その大剣を全力で振り上げた。
ガギィィィンッ!!
重い衝撃が、両腕の骨の芯まで駆け抜ける。
――だが、押し負けない。いかに相手が大型の人形兵器だろうと、こちらの身体もまた博士謹製の規格外だ。そうそう力でねじ伏せられてたまるか。
だが、この鍔迫り合いすら、向こうは織り込み済みだったらしい。
二本の刀を受け止めたまま動けずにいる、その隙へ。残る下部の二本の腕が、低い位置から鋭く突き出された。
「っ――!」
俺は両腕に渾身の力を込め、全身を捻り込みながら、受け止めていた刀を全力で上へと弾き上げる。
ギリギリで捻った身体の脇を、刺突が掠めるようにして通り抜けていった。
そして、その回転の勢いを殺さないまま。
ガシャコンッ!
大剣が、再び元のスタンハルバードへと変形する。博士が豪語していただけのことはある。変形に要する時間は、文字通り一瞬だった。
人形兵器の刺突は虚しく空を切り、俺の眼前には、完全にがら空きとなった鋼の腕部が晒されていた。
(――まずは、ひとつ……!)
叩き折るつもりで、回転の勢いそのままにハルバードを振り下ろす。
――バァンッ!!
その瞬間、目の前で破裂するような銃声が弾けた。あり得ない角度から、銃弾が飛んでくる。
「……ッ!!」
そのまま振り抜いていれば、確実に直撃していた軌道。
俺は無理やり勢いを殺し、全身を横へ投げ出すようにして床を転がり、辛うじてそれを回避した。
転がったままの姿勢で、バッと広間の奥へと目を向ける。
そこには、大型導力ライフルを構えたままのガレスさんの姿。銃口からは、まだ白い硝煙が細く立ち上っている。
――だが。その銃口が向けられている先は、俺が先ほどまでいた場所ではなかった。全く見当違いの、壁の方向。
「…………」
背筋を、冷たいものが一筋伝う。
(跳弾……!? この距離で、導力ライフルで……!?)
あまりにも常軌を逸した技巧に、口から乾いた笑いが零れ落ちそうになった。
迫り来る鋼の影に急かされるように身体を跳ね起こし、再び《ヘカトンケイル》を大剣へと変形させる。
ガシャァンッ、と重い金属音。振り下ろされる刃を受け止めながら、一瞬だけ横目でセドリックの方へ視線を走らせた。
彼は彼で、大剣を巧みに操りながら、間合いと立ち位置の取り方だけで四本腕の猛攻を捌き切っていた。
だが――ここぞという場面で、全く意図しない角度から跳弾が飛んでくる。
「くっ……!」
冷や汗を顔に滲ませながら、ライフル弾を紙一重で回避し、体勢を崩される。そこへ人形兵器の追撃が重なり、完全に攻め手を潰されていた。
そこから、数分。
俺もセドリックも、全身に大小さまざまな擦り傷と切り傷を増やしながら、どうにか拮抗を保っていた。
結社謹製の新型人形兵器。確かに厄介ではある。だが、純粋に一対一でやり合えるのなら、決して勝てない相手ではないのだ。
――そう。あの狙撃さえなければ。
少しでも攻めに転じようとした瞬間、必ずと言っていいほど、あり得ない方向から跳弾が飛来する。
(警戒してんのに、どうなってんだよあの人……!)
心の中で悪態を吐きながら、暴風のごとく吹き荒れる四本の剣撃を捌き続ける。
一度、深く呼吸を整えた。苛立ちを飲み込み、思考を冷やしていく。
足に力を込め、大きく後方へと飛び退きながら――手の中の大剣を、大型ライフル《モード・ベルゼルガー》へと変形させた。
迫る人形兵器から飛ぶように距離を取り続ける、その空中で。俺は銃口を、広間の奥に佇む男へと向けた。
シミュラクラの身体だからこそ。
データとして構成された存在だからこそ、こんな馬鹿げた機動の最中であっても、寸分の狂いなく狙いを定めることができる。
そこには、人体が持つような呼吸の揺らぎも、筋肉の震えも存在しない。
引き金を引く。
ズダァンッ!
放たれた一条の弾丸が、一直線にガレスさんへと襲いかかり――
バァンッ!!
虚空で、甲高い破裂音が弾けた。
「…………」
ガレスさんは、こちらへ向けて構えた銃口から硝煙を上げていた。
飛来する銃弾に対し、寸分違わず銃弾を撃ち返して、迎撃してみせたのだ。
俺の口の端が、ヒクリと引き攣る。
その時だった。静かに、しかし重く低い声が、広間へと響き渡った。
「――戦闘機動の最中にその精度。驚嘆に値する」
淡々とした、評価の言葉。だが、そこから先の響きは、まるで未熟な弟子を教え諭すかのようだった。
「だが……目の届かぬ位置からの狙撃ならばともかく。狙いの読める場所から、その精度で放たれてはな」
迎撃するのは容易い、と。
言外にそう告げられた言葉が、硝煙の匂いと共に、俺の耳へ静かに突き刺さった。