【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
「セドリック!!」
大きな声が響いた。
彼の方を一瞥すると、空へ放り上げられたスモークグレネードが、今まさに破裂しようとしているのが見えた。
――意図は、読めた。
僕は目の前の巨体が振り下ろす一撃を身を翻して避け、そのまま一気にアルの方へと駆け出す。
すれ違いざまの、一瞬の目配せ。
出会ってから、この一年ほど。
僕の仕事を手伝ってもらい、何度も何度も刃を交えてきたおかげだろうか。彼が何をしようとしているのか、言葉など交わさずとも大体の見当がついた。
(ふ……かつての僕が、今の自分を見たらどう思うだろうね)
思わず、口の端に笑みが零れそうになる。だがその前に、まずは目の前のこれを片付けなければ。
一瞬にして広間が白煙に包まれ、視界が急激に悪化する。それに伴い、人形兵器の動きの精度もはっきりと落ちていた。
加えて、僕とアルが入れ替わったこと。標的をアルからこちらへと切り替える、その判断の処理。コンマ数秒の遅延か、あるいは視覚センサーが潰された影響か。相手は、こちらへ向けて明確な攻撃動作を取れずにいた。
脚部を大きく開いたままの姿勢で、ようやくこちらを捉えたらしい。
充満する煙の中、頭部のセンサーが赤く灯る。
その態勢のまま刀を構えようとする相手へ向けて、僕は勢いを殺さず真っ直ぐに走り抜け――
一気に腰を落とし、大きく開かれたその脚部の間を、スライディングで滑り抜けた。
いかに最新型であろうと、人の形を模している以上、必ず死角と可動範囲の限界は存在する。
そして――股の下を抜かれた状況から、まともに反撃できる挙動など、こいつにはプログラムされていなかった。
滑り抜けた先で、強引に足へ力を込め、勢いを殺しきらないまま無理やり腰を浮かせる。無茶な動きに、膝の関節が軋むように引き攣った。
それでも構わず、駆け抜けた勢いを身体の捻りへと変え、回転の力に乗せ換える。
全身をバネのように使い、剣を振り抜く。
背後から、振り向くことすら許さない速度で放たれた斬撃。それは、構えようとしていた半身の腕二本を、根元から斬り飛ばしていた。
ガシャァンッ、と鋼が床に転がる音。
そして――ちょうど、同じタイミングだった。
僅かに晴れかけた煙幕の向こうで、もう一体の人形兵器が、凄まじい爆炎を噴き上げていた。
***
僕とアルシュが出会って、一年ほどが経つ。
あのバベル事変で生まれたという、数奇な運命を背負った男。
結社という特異な場所にはまるで似つかわしくない精神性をしていて、どういうわけか、ひどく馬が合った。
シャーリィさんの紹介もあって、ここに至るまで何度も任務を手伝ってもらった。手が空いた時には訓練に付き合ってもらい、幾度となく剣を重ねてきた。
――友人と、言っていいのだろう。
皇族としての護衛でもあったクルト。トールズに通っていた頃、僕の傍らにいた学生たち。
そのすべては、僕自身の愚かさによって、自ら手放したものだ。
そういったしがらみも、皇族としての身分も捨てて。
ただの『セドリック』となってから初めて得た、ただの友人。
もっとも、思うところがなかったわけではないが。
シャーリィさんの弟分。どこか馬が合ったのも、そういう共通点があったからなのかもしれない。
本当に、自覚した時には自己嫌悪の一歩手前まで行ったものだが――どうやら僕は、シャーリィさんに対して、姉に近い感情を抱いていたらしい。
オリヴァルト兄さんやアルフィンのことを思えば、そしてあの人の性格を思えば、何故、と今でも首を傾げたくはなるのだが。
あまり考えたくはないものの、彼に姉貴分としての彼女を持っていかれたような気持ちになってしまったこと。……正直、誰にも言えたものではないが、そういう感情が少しばかりあったのは事実だ。
何より、出会った当初の訓練で完膚なきまでに叩きのめされた件については、今でも多少思うところがある。
――だが。
彼と刃を交わす中で得たものは、あまりにも大きかった。
余裕もなく、視野も狭くなっていた当時の僕にとって。戦場を俯瞰するように見渡す、あの視野の広さ。
熱くなった頭を冷まし、勝つための道筋を組み立てる冷静な思考。
子供の頃から頭を回し続けてきたという彼の領域に追いつけたとは、とても思えない。
彼に比べて切れる手札の少ない自分にできたことは、考えを寸分違わず行動へ移すための、徹底的な自己訓練だった。
おかげで身体はずいぶん仕上がったし、多少無理のある挙動でも、当時とは比べ物にならないほど動けるようになった。
そうしてようやく、彼との戦績も少しは見られるものになってきたというわけだ。
そして、刃を交わし、共に仕事をこなしていく中で、いつしか――そう、信頼を重ねていたのだと思う。気づけば、友人と呼んで差し支えない関係になっていた。
だからこそ。今回の訓練を彼自身から言い出した時、僕はすぐに察したのだ。
彼はこの諸々が片付けば拠点を共和国へと移し、結社からはしばらく距離を置くことになると言っていた。
だから、その前に。シャーリィさんとの関係に、一度きちんと決着をつけておきたいのだと。
アルシュが姉として深く慕っているあの人もまた、猫可愛がりをしながら、どこかで慎重に距離感を測り続けている。
今生の別れというわけでもないだろうに、それでも旅立つ前に決着をつける必要があると――彼女もまた、そう感じたのだろう。
であるならば。友人として。
そして、彼のおかげで得られたものへのささやかな返礼として。
彼が心ゆくまでその決着をつけられるよう、手を貸してやるのも悪くない。
――巡らせていた思考を、戦場へと引き戻す。
晴れかけた視界の向こうで、爆炎を上げた人形兵器が、その半身を根こそぎ吹き飛ばされているのが見えた。
(……また、随分と無茶な手を使ったものですね)
ふっ、と口元に笑みが零れる。僕は大剣を構え直し、煙の向こうへ向けて声を張り上げた。
「アル! あとはこちらで受け持ちます! あなたは――彼を!」
一瞬、こちらへ向けられる視線。
本当に大丈夫なのかと、そう問いかけてくるような気配。
僕はそれに、ふふ、と傲慢に笑ってみせた。
「これでもナンバー持ちの執行者ですよ。……壊れかけの人形兵器相手に遅れを取るなど、許されるはずがないでしょう」