【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
大広間の奥にそびえる重厚な扉を抜けると、そこは上層へと続く、長く薄暗い階段に繋がっていた。
ここまで来れば、もう猟兵や人形兵器の仕込みもないだろう。
あとは最上階で、あの戦闘狂の姉さんが、獲物を待ち構えるようにして待っているだけだ。
長い階段を一段一段登りながら、俺は現状の手札を冷静に確認していく。
両腕の《パルスストライカー》は、先ほどのガレスさんとのゼロ距離の攻防で導力を使い果たし、沈黙している。
脚部のグリーブにはまだ多少の余力が残っているが……あの直感の塊のような姉さん相手に、足元の小細工がまともに通用するとは到底思えない。
手持ちのグレネードは在庫切れ。サイドアームの導力銃も、残弾は心許ない。
(となると、小細工できる余地はもう何もないな)
愛用のコンバットナイフと、ノバルティス博士謹製の《ヘカトンケイル》。
残されたこの二つの手札だけで、あの狂ったように強い姉さんと、正面からやり合う羽目になる。
――だが。
ある意味では、望み通りというか、何というか。変に策を弄することなく、あの人と真正面から思い切りぶつかり合えるのなら、願ってもないことだった。
「――アル」
意識を戦闘へと切り替えかけていた時、ふいに背後からセドリックが呼びかけてきた。
「この一年間、色々と助かりました」
「……へ?」
あまりに唐突で、しかも素直すぎる感謝の言葉に、俺は完全に間の抜けた声を出してしまった。
階段の途中で立ち止まり、ぽかんとして振り返る。
その顔を見て、セドリックはおかしそうにふふっと笑った。
「いえ。この特訓が終わって、あなたが共和国へと向かうのであれば、こうして落ち着いて話す機会も少なくなるだろうと思いましてね。……なんとなく、です」
穏やかに微笑む彼を見て、俺もつられてくくっと笑いをこぼした。
「……なんだよ、改まって。俺の方こそ、お前には色々と助けられたよ」
照れ隠しのように首の後ろを掻きながら、本音を返す。
「こっちは一度死んだも同然の身だ。知り合いと言えば、あの破天荒な姉さんと、あとはろくでもないマッドサイエンティストくらいしかいなかったしな。……結社なんてところで、まともに話せる相手がいなかった中、セドリックがいてくれたおかげで、大分気が楽になったよ」
「それは……僕の方も、同じですよ」
二人して小さく笑い合い、再び長い階段を登り始める。
これから死闘に赴くというのに、まるで放課後の学生のように、あるいはただの友人同士のように、くだらないことを言い合いながら。
「なんなら、セドリックも一緒に共和国に来るか?」
冗談めかしてそう口にすると、彼は少しだけ目を丸くした後、愉快そうに肩を揺らした。
「ははっ、可能ならそれも楽しそうですが……さすがに難しいでしょうね。表立って国際的な指名手配まではされていないと思いますが……」
そこまで聞いて、俺は内心で「あ」と頭を抱えた。
こうして並んで歩き、年相応の友人として接しているとつい忘れそうになるが――彼は元・エレボニア帝国の皇太子であり、世界を巻き込んだ大戦の引き金を引いた『戦争犯罪人』なのだ。
「正直、僕が共和国に入ったところで、CIDあたりに即座に目をつけられるのがオチです。下手をしたら、そのまま捕まりかねませんね」
セドリックは両手を広げ、やれやれ、お手上げです、といったおどけた仕草を見せて、自嘲気味に笑った。
「そいつは、おっかないな」
肩をすくめて返しつつ――ふと、真顔になる。
(というか、俺自身は大丈夫なのか……?)
表立って結社の悪事に率先して手を染めたわけではない。
だが、自分が納得できる範囲であったとはいえ、セドリックや姉さん、ルクレツィアさんたちの『仕事』に同行し、幾度も手を貸してきたのは紛れもない事実だ。
共和国の諜報機関である、あのCID。身元不明の怪しい男が結社の手伝いをしてうろついていることくらい、とっくに掴んでいてもおかしくはない。
「……待てよ。俺も結社に加担してる身だぞ。共和国に入った途端、CIDに目をつけられる可能性は十分にあるよな……?」
俺がぼやくと、セドリックは少しおかしそうに目を細めた。
「ははっ。その時は大人しく捕まるか、なんとか逃げ出して、またこっちへ帰ってきたらどうです?」
あまりにも無責任で、けれど心地よい冗談に、俺たちは再び顔を見合わせ、薄暗い階段の途中で声を上げて大笑いした。
笑いが収まり、静寂が戻った階段を数段登ったところで。俺は少しだけ前を歩く彼の背中へ、真っ直ぐに声をかけた。
「――セドリック」
「はい」
振り返らず、歩みも止めないまま、彼が穏やかな声で応じる。
「この一年……楽しかったよ」
その率直な言葉に、彼の足が、ほんの一瞬だけ止まった。
そして、すぐにまた一段、階段を登る。
「ええ……僕もです」
背中越しに届いたその声は、どこまでも澄んでいた。
再び、男二人の屈託のない笑い声が、石造りの階段に反響する。
――だが、その時だった。
続く階段の先。いよいよ目前に迫ってきた、屋上へと通じる重い扉の向こうから。
バァンッ! バンバンッ!!
「うおっ!?」
俺たちの呑気な笑い声が届いたのか、あるいは単に待ちくたびれたのか。
さっさと来い、と言わんばかりに、扉の向こう側から空へ向けて景気よく銃をぶっ放す、やかましい破裂音が立て続けに鳴り響いた。
気の抜けた感傷など一瞬で吹き飛ばす、あまりにもあの人らしい乱暴な歓迎。
俺たちは呆気に取られた後――もう一度顔を見合わせ、今度こそ腹の底から、腹筋が痛くなるほど笑い転げた。