【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
長く暗い階段を登りきり、最後の重厚な扉を二人で押し開く。
ギィィ……という重い軋み音と共に開かれた先は、だだっ広い砦の屋上だった。
頭上には、目に痛いほどの、突き抜けるような青空が広がっている。
そして、その吹き抜ける風の中。身の丈を越える巨大なチェーンソー付きライフル――《テスタ=ロッサ》を肩に担ぎ、どこか責めるようなジト目をこちらへ向けてくる、赤髪の『姉さん』が立っていた。
「……はは、お待たせ」
俺もセドリックも、どこかバツの悪そうな、よそよそしい笑みを浮かべて声をかける。
「あんたらねぇ……」
姉さんは呆れたように呟いたかと思うと、唐突に肩のテスタ=ロッサを振り回し、引き金を引いた。
ダダダダダッ!!
「うおっ!?」
一切の容赦なく、俺たちの足元すれすれにばら撒かれる大口径の銃弾。
俺とセドリックは慌ててステップを踏み、バタバタと無様に飛び跳ねて弾幕を回避する。
煙を吹く銃口を下ろし、姉さんはジト目のまま唇を尖らせた。
「いくらなんでも遅すぎじゃない? 待ちくたびれて、欠伸が出そうだったんだけど」
文句を言いながらも、その声にはどこか機嫌の良さが滲んでいる。
俺はセドリックと顔を見合わせて笑い合うと、素直に両手を合わせて頭を下げた。
「ごめんごめん。男同士で、階段の途中でちょっと感慨に浸っちゃっててさ」
「ええ。この一年、本当に色々ありましたからね」
セドリックも苦笑しながら同調する。
それを聞いた姉さんは、わざとらしく「はぁー」と軽いため息をつくと、「あっそ」と短く返した。
そして、俺たち二人のボロボロになった姿を、つま先から頭のてっぺんまで、じっくりと眺める。
「……ま、よくたどり着いたよ」
先ほどまでのからかうような表情から、一転。
姉さんは、出来のいい弟を褒めるような、どこか誇らしげで、思いやりに満ちた、とびきりの笑顔を浮かべた。
「うちの連中に、手を抜かずガチでやれって言っておいたのにね。……うん、合格点ってとこかな」
そう言って、彼女はチャキッとテスタ=ロッサを構え直し、その凶悪な切っ先を真っ直ぐ俺たちへ突きつけてきた。
「それで――最後の試験はアタシ。全力でかかってきな。見事倒せたら、お願いの一つでも聞いてやるよ」
好戦的な笑みを浮かべ、戦意を昂らせる姉さん。
俺も腰の武器へ手をかけようとした――その時だった。
「僕は、遠慮しておきますよ」
「……は?」
唐突なセドリックの言葉に、俺は思わず間抜けな声を上げて隣を見た。
彼は武器を構えるどころか、すっかり戦闘態勢を解いてしまっている。
その顔には、すべてを見透かしたような、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「アル。ここから先こそが、あなたの本来の目的だったんでしょう? 僕の今回の仕事は、君を無事にここまで連れてくることです」
やれやれ、と肩をすくめながらそう語るセドリック。
そして彼は、言葉の代わりに「そうですよね?」とでも言いたげな視線を、真っ直ぐに姉さんへと投げかけた。
弟分である俺からの「本気で立ち合ってほしい」という無茶な願い。
呆れながらもそれを受け入れ、わざわざこんな舞台まで用意してくれた、彼女の本当の想い。それを、セドリックは最初から分かってくれていたのだ。
その視線を受け取った姉さんは、わざとらしく「あーあ」と大きなため息をついた。
「ホント、可愛げのない元・皇太子殿下だこと……だってさ」
姉さんは悪戯っぽく笑い、俺の方へとボールを投げてくる。
「どうするのさ、アルシュ君?」
俺は、もう迷わなかった。
「ははっ」
自然とこぼれた笑みと共に、力強く一歩、前へと踏み出す。
「そうだな……せっかくだから、お言葉に甘えるとするよ。姉さん」
俺のその言葉と、真っ直ぐな視線を受けて、姉さんもまた、すべてが通じ合ったように嬉しそうに目を細めた。
「――アハハッ! いいね、その顔!」
弾むような笑い声と共に、姉さんもまた、俺を迎え撃つように力強く一歩前へと踏み出す。
青空の下、互いの覚悟と親愛が交差する。
ゆっくりと歩を進めながら、俺は腰部のマウントから《ヘカトンケイル》を引き抜いた。
ガシャコン、と重厚な音を立てて、機構がスタンハルバードの形状へと変わる。
それを見た姉さんもまた、楽しそうに地を蹴った。
互いに距離を詰め、真っ向から、ハルバードとテスタ=ロッサの刃を勢いよくぶつけ合う。
ガギィンッ!!
凄まじい衝撃が屋上を震わせた。
純粋な膂力と質量のぶつかり合いだけで言うなら、義体のフルパワーを出力しているこちらに分がある。
姉さんはその衝撃を真っ向から受け止めることなく、くるりと独楽のように身体を回転させて威力をいなし、軽やかに後方へと跳び退いた。
着地した彼女の視線が、俺の構えるハルバードへと注がれる。
その途端、姉さんの表情が、どこか「嫌なもの」を見たかのような、露骨な渋面へと変わった。
「……ハルバード、ね」
心底面白くなさそうな気配が、ありありと顔に滲み出ている。
俺はくくっと笑みをこぼした。
「なんだかんだ、手に馴染むからさ」
口には出さなかったが、心の中でははっきりと理由を自覚していた。
喪われたあの歴史の中で、何度も本気で振るってきた武器だ。
ランディさんに基礎を教わり、ノエルさんにもみっちりと実践的な扱いを仕込んでもらったスタンハルバード。
ベルガード門の警備隊員たちに混ざって、一緒に泥だらけになって振り回した記憶。
クロスベル警備隊の基本の流儀に、元猟兵であるランディさんの荒々しいエッセンスが混ざった、俺の立ち回り。
そのハルバードを振るう姿の背後に、彼女の気に食わない『兄貴』の幻影でも見たのだろう。
姉さんはやはり、どこか微妙な顔をしていた。
俺は再び走り出し、ハルバードを遠心力に乗せて、大振りで連続して薙ぎ払う。
だが姉さんは、なんでもないことのように、リズミカルなステップと身のこなしだけで、俺の刃をことごとく紙一重で躱していった。
「いや、別にいいんだけどさぁ……。そうやってアンタがハルバードを振るうたびに、あの兄貴の姿がチラつくのが、なんというかさ……イラッとくるっていうか、ねっ!」
言い捨てると同時。俺が渾身の力で振り下ろしたハルバードの刃に合わせ、姉さんは、チェーンソーを回していない状態のテスタ=ロッサの銃床で、上から思い切り叩き落としてきた。
「うおっ」
強烈な叩きつけで軌道を下へと逸らされ、ハルバードの刃が石畳にガリッと突き刺さる。
俺の足が止まったその一瞬を狙い澄まし、姉さんは一気に懐へと距離を詰めてきた。
テスタ=ロッサを片手で保持したまま、空いた手で、俺の顔面や腹部めがけて軽快かつ殺意の高い拳を連続で繰り出してくる。
「おわっ、ととっ!」
突き刺さったハルバードを強引に引き抜き、ずるずると後ろへ下がりながら、間一髪でその連撃を躱していく。
大きく後退しながら、ぐるんと背中越しにハルバードを回し、その遠心力で横へ大薙ぎの一撃を放った。
「おっと」
姉さんは、ぴょんっ、と何の予備動作もなくその場から跳躍し、俺の薙ぎ払いを遊ぶように飛び越える。
屋上の隅で戦況を見守っているセドリックも、おそらく呆れて笑っていることだろう。『最後の試験をガチでやる』などと息巻いておきながら、今俺たちがやっているのは、完全にただの『じゃれ合い』の延長でしかない。
俺は少し呆れた顔を作り、刃を下ろして尋ねた。
「なに、姉さん。まだランディさんと仲悪いの?」
「いや、別にもうどうでもいいんだけどね? アタシは猟兵団(シゴト)だし、あっちは向こうで好き勝手やってるわけだし」
姉さんは着地と同時に、肩へテスタ=ロッサを担ぎ直す。
だが、その瞳には、先ほどまでのふざけた色とは違う、猛禽類のようなギラリとした鋭い光が宿っていた。
「ただ……うちの可愛い弟分の背中に、あいつの影が見えるっていうのは……またちょっと、話が違うじゃん?」
獰猛に、唇が吊り上がる。
その瞬間。
ギュイィィィンッ!!
テスタ=ロッサのチェーンソーが、甲高い咆哮を上げて高速回転を始めた。同時に、姉さんはトリガーを引き絞り――俺に向けて、大口径の弾丸を無差別にばら撒き始めた。
「うっげぇ……っ」
顔を思い切り引きつらせ、降り注ぐ凶弾を横っ飛びで必死に回避しながら、なんとか距離を取る。宙を舞いながら《ヘカトンケイル》を導力ライフルへと変形させようとした――が。
「アハハハハッ!!」
けたたましく響き渡る、チェーンソーの駆動音。
姉さんはものすごく楽しそうな、底抜けの笑顔と歓声を上げながら、弾丸をばら撒きつつ、凄まじいスピードでこちらへと突っ込んでくる。
(――くっ! このまま射撃戦に回ったら、懐に潜り込まれてバラバラに叩き斬られる……!)
咄嗟に、ライフルを構えるのを諦めた。
降り注ぐ弾幕に捕まらないよう不規則にステップを踏みながら、空いた左手で、残弾の少ない導力銃を腰から抜き放ち、牽制の射撃を連続で撃ち返す。
だが、姉さんは突進の速度を一切緩めないまま。
「おっと」
恐ろしく器用な、もはや野生の勘としか言いようのない俊敏さで、回転するチェーンソーの刃をピンポイントで弾丸にぶつけ、いとも容易く俺の射撃を弾き落としてきた。
(ははっ……やっぱ化け物だろ、この人……!)
冷や汗を流しながらも、俺は《ヘカトンケイル》の機構を、さらに一段奥へと押し込んだ。
ガシャンッ!!
重々しい変形音が鳴り響く。
展開されたのは、大剣でもライフルでも、ハルバードでもない。
《モード・テスタ=ロッサ》。
目の前に迫り来る姉さんの愛機と、まったく同型の――巨大なチェーンソー付きのライフル。
ギュイィィィンッ!!
唸るように刃を震わせ、突っ込んでくる姉さんの軌道にぶち当てるつもりで、俺は渾身の力でそれを振り抜いた。
だが、真っ向からの激突を予期した俺の目の前で、突っ込む直前にフッと足の力を抜いていた姉さんは、くるりと独楽のように回転して間合いをすかし、後方へと距離を取る。
そして、俺の手元でけたたましく回転する刃を、まじまじと見つめた。
(……あ)
そういえば、姉さんにはこの形態を直接見せる機会も、話す機会もなかった。
やっべ、と内心で冷や汗をかいた、その次の瞬間。
「――あっはっはっはっは!!」
姉さんはお腹を抱えて、思い切り吹き出して大笑いし始めた。
涙目になりながら、俺が持つ《ヘカトンケイル》の先端をビシッと指差す。
「な、なにそれ!? あんた、わざわざそれアタシの真似して作ったの!? ウケるんだけど!!」
どこか喜びを隠しきれていない、それでいて完全に馬鹿にしたようなからかいの口調。
いや、作ったのは俺じゃなくてあの変態博士だ――と心の中で即座に否定しようとしたが、よくよく考えれば、この形態の二代目を頼んだのは俺自身だと気づき、ぐっと言葉を飲み込む羽目になった。
「ヒーッ、あははははっ! ねぇ、ちょっと、最高! あははっ!」
腹を抱えて指を差し、ヒーヒーと笑い転げる姉さん。
俺は全身が羞恥で茹で上がりそうになるのを感じながら、真っ赤になった顔でそっぽを向いた。
「……あー、はいはい。そうですよ」
「あははははっ! そっかぁ、アルシュ君はアタシのこと大っ好きなんだもんねぇ! そりゃお揃いにもしたくなるよねぇ!」
先ほどハルバードを見て浮かべていた不機嫌など、完全にどこかへ吹き飛んでいる。姉さんはご機嫌の絶頂といった様子で、笑い転げ続けていた。
「くっ……!」
俺は恥ずかしさも、照れも、そのすべてを飲み込んで、笑い続ける姉さんへ向けて静かに言葉を紡いだ。
「……姉さん。俺がまだガキだった頃、あの古戦場跡で……姉さんの『本気』を見せてもらったこと、憶えてる?」
その真剣な声色に、姉さんは少しずつ笑いを収め、ゆっくりと息を吐いた。
どこか懐かしむように、目を細める。
「うん。あんたが『アタシの本気を見たい』って言って、無茶なお願いしてきたやつでしょ?」
「ああ。……あの時に見た姉さんの『本気』が、ずっと心に焼き付いてた」
あの日の、圧倒的な暴力と、嵐のような力。
「次にいつ会えるかなんて分からなかった。だから、ガキながらに絶対に忘れちゃいけないって、心に焼き付けるつもりで真剣に見てたんだ。……これも、その一環だよ」
言葉と共に、手にした《モード・テスタ=ロッサ》の先端を、真っ直ぐ姉さんへと向ける。偽りのない、俺の憧れと、敬意の形。
それを見た姉さんは、フフンッと、心底嬉しそうな、得意げな笑みを浮かべた。自身の《テスタ=ロッサ》を肩に担ぎ直し、首をコキリと鳴らす。
「いいよ、アルシュ。ウォーミングアップは終わりってことで」
赤い瞳が、獰猛な肉食獣のそれへと変わる。
「――アタシの自慢の弟分がどれだけ強くなったのか、しっかり確かめてあげるよ!」