【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
「ウォォォォォッ!!」
「アハハハハハハッ!!」
互いに戦場を震わせるような咆哮を重ね合わせながら、俺たちは無差別に銃弾をばら撒き、チェーンソーの絶叫を響かせながら、真っ向から斬り結んだ。
立ち回りどころか、足の置き場をほんの数センチ間違えただけで即座に肉片へと変わる、純度百パーセントの致死の距離。
俺は限界まで演算領域を回し、必死に姉さんの動きを視界へ焼き付け、食らいついていく。
(――やっぱり、姉さんは『猛獣』だ)
凄まじい反射神経と、野生の獣そのもののような、しなやかな敏捷性。
それは《神速》のデュバリィさんのような、極限まで研ぎ澄まされた技量による『圧倒的な速さ』とは、まったく異質のものだ。
純粋な速度だけで比べるなら、予備動作すら削ぎ落とした連撃を仕掛けてくるデュバリィさんの方に軍配が上がるだろう。
だが、姉さんの本当の恐ろしさはそこではない。
血なまぐさい戦場の匂いを嗅ぎ取る経験と感覚。そして異常なまでの反射神経に裏打ちされた、『対応能力』だ。定石もセオリーも無視したあり得ない動き、あり得ない反応速度で、こちらの予測のすべてを上書きしてくる。
人の形をした獣――それが、戦鬼としての姉さんの本質だった。
「アハハハッ! いいねぇアルシュ、すっごくいいよォ!」
狂気じみた、それでいて心底楽しそうな歓声を上げながら、姉さんは凶悪な刃を軽々と振るい続ける。
だが、互いに激しく攻め合いながらも――決定的な『激突』だけは、ギリギリのところで避けていた。
高速で回転するチェーンソーの刃同士をまともにぶつけ合えば、ただ弾かれるだけでは済まない。刃が噛み合い、互いに武器を固定されてしまうリスクがある。
互いの刃が交差する寸前で、どちらが先に引くか。刃先を数ミリまで接近させては躱す、極限のチキンレースのような斬り合いが続いた。
そして、何度目かの交差。
俺も姉さんも、ほぼ同時に刃を引いた――と、思った次の瞬間。
「っ!?」
姉さんは手首のスナップだけで、巨大なテスタ=ロッサをくるりと空中で回転させ、俺の死角となる真横から、唸る刃を強引にねじ込んできた。
「――ッ!」
顔を激しく引き攣らせながら迫る刃をギリギリで躱し、同時に、姉さんのテスタ=ロッサの銃床を下から思い切り蹴り上げる。
ガギィンッ!
硬い感触。だが姉さんは、なんでもないことのようにグリップを掴んだまま、その蹴りの衝撃をふわりと殺してみせた。
それどころか、空中で一瞬だけ手を離したかと思えば、瞬時に持ち手と体勢を切り替え、上段から再び必殺の刃を振り下ろしてくる。
「――くそっ!」
思い切り石畳を蹴り、全速力で後方へ跳び退いて、なんとかその追撃から間合いを外す。
――だが、『本気でやる』という言葉に、一片の嘘も手加減もなかった。
一度距離を取ったところで、こんな化け物相手には何の意味もない。
俺が後方へ跳んだその瞬間には、すでに追撃の体勢を整えていた姉さんが、間髪を容れずに肉薄してくる。
「――ッ!」
石畳に降り立つと同時、手にした《ヘカトンケイル》の機構を素早くスライドさせ、巨大な『大剣』へと変形させる。
迎撃のタイミングは、一瞬。
全身の人工筋肉に最大負荷をかけ、下段から上段へと真っ直ぐに刃を振り抜く。
突っ込んでくる姉さんのテスタ=ロッサへ向けて、渾身の斬り上げをぶち当てた。
ガギィィンッッ!!
純粋な膂力と質量だけで言うならば、こちらの出力が圧倒的に上回っている。
武器同士が真っ向からカチ合い、チェーンソーの刃が噛み合う暇すら与えぬまま、小柄な姉さんの身体は激突の衝撃でふわりと宙へ持ち上げられた。
体重の軽さを考えれば、当然の結果だ。
だが――直後。俺は、己の有利を嘲笑うかのような光景を目の当たりにすることになる。
「アハッ!」
姉さんは、跳ね上げられた衝撃を殺すどころか、完全に自分の運動エネルギーとして利用していた。
空中でくるんと軽業師のように身体を回転させると――大上段まで剣を振り切り、隙だらけになった俺の腹部めがけて、自らの落下速度すら乗せた刃を、躊躇なく振り下ろしてきたのだ。
「っ……!」
身をよじる暇もない。服の布地が凄まじい勢いで巻き上げられ、引き裂かれる感覚
直後、腹部の人工皮膚が浅く切り裂かれ、焦げたような熱と火花が散った。
俺の斬り上げの勢いが少しでも弱かったら。
あるいは距離がもう半歩でも短かったら。
間違いなく、胴体を真っ二つにされていた紙一重の一撃。
だが、不思議と恐怖はなかった。
俺は口の端に狂気じみた笑みを浮かべながら、地面スレスレまでテスタ=ロッサを振り下ろした体勢の姉さんへ向けて、頭上の大剣を叩き潰すように振り下ろす。
ドガァンッ!
石畳が粉砕される轟音。――しかし、手応えはなかった。
「アハハッ、甘い甘い!」
当然のように俺の反撃を読んでいた姉さんは、振り下ろされた大剣を躱すや否や、床を滑るようにして俺の足元へと潜り込んでいた。そして、俺の片足をガシッと掴むと、それを『支点』にしてぐるんと器用に身体を捻り、遠心力を使って一気に俺の背後へと転がり抜けていく。
しかも、ただ避けるだけではない。
タタタタタタッ!!
石畳を転がりながら、片手でテスタ=ロッサの銃口をこちらへ向け、死角から弾丸をばら撒いてきた。
「このっ……!」
脳内をショート寸前までフル回転させ、振り下ろしたばかりの大剣の軌道を強引に捻じ曲げる。
巨大な刃を盾のようにして背後に展開し、飛来する弾丸の雨をなんとか受け止めた。
ガガガガッ!
剣の腹で弾丸が弾ける。だが、すべてを防ぎ切れるわけがない。
大剣の死角を縫って飛んできた何発かが、腕や脇腹の装甲を容赦なく削り飛ばし、パチパチと火花を散らした。
「はぁっ……はぁっ……」
連撃が途切れ、互いに数メートルの距離を取る。
俺の身体は、皮膚が削れ、服は裂け、文字通り満身創痍のボロボロの有様だった。
少し離れた位置で身を起こした姉さんの身体にも、飛び散った破片やギリギリの斬り合いによる擦り傷、小さな切り傷がいくつも刻まれている。
それでも。息も絶え絶えになりながら立ち上がった俺は、目の前の姉さんを見て、どうしようもなく笑みをこぼしていた。
そして、姉さんもまた。荒い息を吐きながら、爛々とした瞳でこちらを見つめ、底抜けに楽しそうな笑顔を浮かべていた。
達人同士の、洗練された綺麗な戦いとは、お世辞にも言い難い。
ただ互いの意地と殺意をぶつけ合うだけの、泥と硝煙にまみれた乱戦。
今すぐ倒れ伏したいほど全身が悲鳴を上げているというのに――俺は今、どうしようもなく、腹の底から楽しくて仕方がなかった。
――だが。だからこそ、勝ちたかった。
コンマ数秒の時間の中で、必死に脳を回して勝ち筋を探る。
真っ向からの力比べや技の応酬で姉さんを凌駕するなど、どう考えても不可能だ。
手札のほとんどは尽きているし、人並み以上に義体を扱えるとはいえ、純粋な武器の練度では、天性の感覚を持つ姉さんに遠く及ばない。
ならば、どうすれば――。
極限の思考を巡らせた末に、ひとつだけ思い当たる『手』があった。
お世辞にも格好がつく手段とは言えない、自爆すれすれの泥臭い悪足掻き。
だが、それならば……あるいは、あの理外の反応速度すらも超えられるかもしれない。
俺は短く、覚悟のため息を吐いた。
全力で後方へと跳び退きながら、《ヘカトンケイル》の機構をスライドさせ、導力ライフルへと変形させる。着地と同時に一発。
さらに地を蹴って距離を取りながら、もう一発。引き撃ちの要領で牽制の射撃を放ちながら、屋上を全力で駆け回る。
「アハハッ、逃げんな逃げんなァ!」
姉さんは満面の笑みで、テスタ=ロッサから弾丸の雨をばら撒きながら、恐ろしい速度で距離を詰めてくる。
俺の狙撃を、なんでもないことのようにチェーンソーの腹で弾き飛ばしながら。
俺は、ばら撒かれる銃弾にわざと足を取られるように、体勢を崩しながら必死に距離を取ろうともがいた。
下手な芝居やフェイントなど、あの野生の勘の前では一瞬で看破される。
だからこそ、結果的に『追い詰められた』形になるよう――自ら本当に危険な射線へと足を踏み入れ、本物の危機感に顔を引き攣らせて逃げ回るしかなかった。
(いや、いくら最高に楽しくても……狂ったチェーンソーの音が猛スピードで突っ込んでくるのは、やっぱり死ぬほど怖いんだよなァ!!)
心の中で情けなく絶叫しながら、それでも口の端に浮かべた獰猛な笑みだけは、決して消さなかった。
そして。
「――捕まえたッ!」
致命的な隙を晒した俺へ向けて、姉さんが歓喜の笑みと共に、猛獣のように飛びかかってくる。
ライフルを撃つタイミングを強引に調整したせいで、もう他の近接形態へと変形させる猶予はない。
一歩間違えれば、そのまま真っ二つにされて死ぬ
。俺は本物の恐怖に顔を引き攣らせながら、導力ライフルを横に構え、大上段から振り下ろされたチェーンソーを強引に受け止めた。
ギャリギャリギャリッ!!
鼓膜を破るような金属の悲鳴と、夥しい火花が目の前で散る。凶悪な回転刃が、ライフルの銃身を容赦なく削り取っていく。あとは、あの偏屈博士が組み上げたこの得物の耐久性を信じるしかない。
「アハハッ! どうしたのアルシュ、もう手詰まり?」
力負けし、じりじりと地面へ押し潰されていく俺の顔を覗き込みながら、姉さんが心底楽しそうに話しかけてくる。
必死に平然を装い、全身のフレームを軋ませて押し返そうとするが、上からの圧力に負け、片膝を、そしてもう片方の脚を、じわじわと石畳へ押し付けられていった。
「早く降参しないと、そのお気に入りのおもちゃ、真っ二つに叩き折っちゃうよ?」
限界の近い《ヘカトンケイル》から、メキメキと嫌な亀裂音が鳴り始める。
――だが。
(……ここまで、予定通りだ)
正直、本当にこの通りに事が運ぶかは賭けだった。
口の端から、思わず会心の笑みが零れそうになる。
その微かな雰囲気の変化を、姉さんの理不尽なまでの直感が察知したのか。
彼女の眼差しに一瞬だけ怪訝な色が走り、即座にテスタ=ロッサを引いて距離を取ろうとした――が。
(もう、遅い……! あとは野となれ山となれだッ!!)
地面に膝をつき、座り込んだ状態のまま、俺は自滅覚悟で脚部の《パルスグリーブ》の機構を全開にした。
(――『負荷5』ッッ!!)
パルスグリーブの力場は、脛に近い部分からしか出力できない。
だからこそ、真っ当な打撃戦においては扱いづらく、隙も大きい。
その『使い勝手の悪さ』を知っているからこそ――姉さんの予測の、斜め上を突けたのだ。
俺は、脛から放たれる力場衝撃波を、あろうことか『自分自身の足元の地面』へと向けて、直接叩きつけた。
ドッゴォォォォンッ!!
ゼロ距離で炸裂した、莫大な反発力。
自分の両脚の装甲と人工骨格に、粉々に砕け散りかねないほどのダメージが叩き込まれる。
だが、その代償として、俺の身体はまるでミサイルのように、爆発的な推進力を持って斜め上方へと跳ね上げられた。
回避へ移る直前だった姉さんの懐へ、文字通り砲弾となって下から突っ込む。
壊れかけの《ヘカトンケイル》を盾のように突き出し、姉さんの構えていたテスタ=ロッサもろとも、その小柄な身体を力任せに弾き飛ばした。
「――っ!?」
体勢を崩し、姉さんが屋上の石畳へと背中から倒れ込む。
俺はそのまま、彼女の身体に覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。
力の入りにくい両脚と、限界を迎えた両肘で、なんとか自分の体重を支えながら――姉さんの細い首筋に、抜き放ったコンバットナイフの冷たい切っ先を、ピタリと突きつけていた。
風が吹き抜け、暴れ回っていたチェーンソーの駆動音も止む。屋上に、静寂が訪れた。
荒い息を吐きながら、下で目を丸くしている姉さんを見下ろし、掠れた声で告げる。
「……俺の勝ち、ってことでいい?」
突きつけられたナイフと、俺の言葉。あまりの想定外に数秒間ぽかんとしていた姉さんだったが、やがて現状を正確に把握したらしい。
「…………ぷっ」
吹き出すような音の後。
「アハハハハッ!! あーっはっはっはっは!!」
突きつけられた刃など意に介さず、腹の底から、涙が出るほどの大笑いを響かせた。そして、どこまでも晴れやかな満面の笑顔をこちらへ向けて。
「あーあ、負けちゃった!」
この上なく清々しい声で、最強の姉は自身の敗北を認めたのだった。