【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
くだらない話
これは、初めてイーディスへと行った少し前の頃の話――。
レミフェリア公国南部にある、名も知れない小さな町。
セドリックの仕事に付き合い、その帰路で立ち寄ったその町で、一泊することになった時のことだ。
一階が酒場と兼用になっている宿屋のテーブルで、二人して遅めの夕食をとっていた。俺はふと思い出したように、向かいに座る相棒へ呟いた。
「……セドリックって、モテるよな?」
「……は?」
ナイフとフォークを動かしていた手を止め、セドリックが心底訝しげな声を漏らす。
その顔には『いきなり何を言っているんですか、あなたは』と、ありありと書かれていた。
俺は皿の上のパスタをフォークにぐるぐると巻きつけながら、続ける。
「いや、ここに来る前に、道ですれ違った女の子いたろ? 思いっきりセドリックの方を見て、足を止めて見惚れてただろ」
そう指摘すると、セドリックも「あぁ……」と心当たりがあったように小さく頷いた。
そして、わざとらしく「こほん」と一つ咳払いをすると、少しだけ胸を張って答える。
「……まあ、そういう視線を向けられることは少なくない、と言っておきましょう」
「ははっ、違いない」
俺は軽く笑い、パスタを口に運びながら、目の前の少年――いや、青年へと成長しつつある相棒の顔を改めて眺めた。
実際、贔屓目なしに見ても、間違いなく美男子の部類だ。
端正に整った顔立ちをしているし、何より元・皇族というだけあって、どれだけラフな旅装を纏っていても、隠しきれない気品がある。
グラスを持つ手つきや食事の作法といった、普段の何気ない所作の端々にも、どこか余裕が漂っているのだ。
もちろん、ルーファスさんほど完成された大人の色気や余裕とまではいかないが、こういう部分には、やはり持って生まれた育ちの良さが滲み出ている。
結社に身を置いてからは、そこに影のある危うい雰囲気まで加わったせいか、こうして一緒に街を歩いていても、すれ違う女性たちがセドリックに目を奪われている光景は、よく目にするものだった。
そうして俺がじっと観察していると、視線に気づいたセドリックが、ふと何かを思い当たったように顔を上げた。
「……そういえば、アルって、今は年齢はいくつでしたっけ?」
「ん?」
唐突な問いに、俺はフォークを止めて少し考え込む。
頭の中には、子ども時代の記憶と、喪われた歴史の中で積み重ねた青年期の記憶の両方がぶち込まれている。
とはいえ、今動かしているこの義体のベースは『二十歳相当』として造られたものだ。
博士のラボで目覚めたあの日から大体一年ほどが経っているから、順当に数えるなら二十一歳と考えるのが妥当なのだろうが。
「……多分、二十一……歳?」
自分でも微妙に実感が伴わず、つい語尾が上がってしまう。
するとセドリックは、吹き出すように肩を揺らして笑った。
「ははっ、なんで自分のことなのに、そんなに自信がないんですか」
「いやさ。正直、俺はこのまま自分の年齢をカウントしていっていいのか……って思ってなあ」
フォークを皿の端に置き、苦笑交じりに肩をすくめる。
精巧な生体部品への置き換えが進み、外見からは人の身ではないとまったく区別がつかなくなった身体とはいえ、こいつはこれ以上成長することもなければ、老いることもない。
おまけに、中身の意識や記憶は電子データとして再構築されたものときた。
生身の人間と同じように、毎年ひとつずつ年齢を数えていっていいものかどうか、自分でも甚だ怪しいところがある。
セドリックも俺の言葉の裏にある意図を察したのか、少しだけ目を伏せた後、すぐに穏やかな笑みを作って話題を継いだ。
「……それにしても、全然そんな気はしていませんでしたが、言われてみればあなたの方が年上でしたね」
「あー……そっちは今、いくつだっけ?」
「十九です」
十九歳と、二十一歳。大した差というわけでもないが、それでも二つほど違う計算になる。
もっとも、一年近くも対等に肩を並べて戦ってきた今さら、年上ぶった態度を取るような仲でもないのだが。
「アルとは、あまり年の差を感じませんでしたしね。……まあ、僕も人のことはあまり言える方ではありませんが、アルもかなり童顔な方ですし」
いつの間にか綺麗に食事を終えていたセドリックは、食後の紅茶に口をつけ、優雅な手つきでゆっくりと嗜んでいる。
「……否定はできないな」
俺は自分の頬を軽く掻いた。
確かに、俺の顔立ちは結構幼く見える方で、自分で言うのもなんだが、どこか素朴で垢抜けない印象がある。
二十歳をベースに造られた身体とは言っても、傍から見れば、十七、八の少年だと言ってもまったく違和感なく通ってしまうだろう。
身長にしても、せいぜい一六八センチに届くか届かないかといったところだ。男としてあまり体格に恵まれている方ではなく、正直なところ、向かい合っているセドリックの方が、引き締まった体躯も含めてよほど大人びている。
紅茶のカップをソーサーに戻したセドリックが、おかしそうに目を細めた。
「その無害そうな見た目で、いざ戦えばあの容赦のないやり口なんですから。初対面の相手は、たいてい面食らうでしょうね。……前にイーディスでやり合ったという半グレたちも、そんな感じだったのでは?」
「ははは……」
思わず乾いた笑いが漏れる。
実際、もうちょっとこう、一目で関わりたくないと思われるような威圧感のある見た目だったなら、あの半グレどもに舐められて後日お礼参りを受ける、なんて面倒事もなかったんじゃないかと思わないでもない。
そのうち本格的にイーディスへと軸足を移して情報屋として活動していくつもりなら、そういう外見の『ハッタリ』みたいなものも、少しは考えた方がいいのかもしれないな、と頭の片隅で考える。
そんな思考を適当に切り上げて、俺はコップの水を一口飲み、少し悪戯っぽく笑って話を戻した。
「で、話は戻すけどさ。モテそうだとは言ったけど、実際そういう経験はないの?」
なんとも下世話な話ではある。
とはいえ、今回の仕事も無事に片付いて、あとはもう寝るだけの暇な夜だ。
男二人、たまにはこんなくだらない話を振るのも悪くないだろう。
すると、紅茶のカップを口元へ運んでいたセドリックの動きが、ピタリと止まった。
数秒の、奇妙な沈黙。やがて、カップの陰から、ひどく小さな声がぽつりと落ちる。
「……――せん」
「ん? なに?」
聞き取れずに聞き返すと、セドリックはゆっくりとカップをソーサーに戻し、少しだけ視線を逸らしながら言った。
「……ありません」
努めていつもの余裕ある態度を保とうとしているようだが、その表情には隠しきれない動揺が滲み出ている。
さっきまでの大人びた雰囲気が嘘のような、いかにも年相応な反応がおかしくて、俺の口から思わず「くすっ」と笑いがこぼれた。
その笑いにプライドを刺激されたのか、セドリックは少し身を乗り出し、いつもより早口で言葉を並べ始めた。
「か、考えてもみてください! そもそも僕は、昔は病弱で外に出ることすらあまりなかったんですよ? 政略上の、顔も知らない婚約者候補なんかは一応いましたが、社交界に出ることすら少なかったんです」
一息にそう言うと、彼はさらに必死な様子で言葉を継ぐ。
「それに、トールズに入ってからだって……まあ、あの頃の僕の振る舞いに問題があったのも事実ですけど、何より『皇族』としての立場がありましたから、特定の女性と個人的に交友を深めるというのもですね……」
「お、おう……」
先ほどまでの優雅な紅茶の時間は、どこへやら。必死になって身の潔白(?)と事情を説明するセドリックの妙な熱量に押され、俺はただ目を丸くしながら、その弁明に耳を傾けるしかなかった。
おまけです。
少しの間、アルのパーソナルな話をこんな感じでかいていきます。
180話以上かいてて、アルシュの見た目の話何も書いてなかったことに気づいた・・
一応、細かい部分まで結構ガチガチにきめてたりするのでなにか聞いてみたいものがあれば感想ででもどうぞ。