【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
僕は、好きな女の子ができた……と、思う。
彼女の名前は、キーアちゃん。
いつもニコニコ笑っていて、本当にお日様みたいに明るくて、温かい女の子。
元気いっぱいに街を駆け回る彼女を見ていると、それだけで僕まで元気をもらえるような気がする。
あの日、市立図書館の片隅で初めて言葉を交わしてから、僕たちは一緒にいることが増えた。
それまでの僕は、休みの日は一日中図書館の椅子に座り込んで、ずっと本ばかり読んでいるような子どもだったけれど。
キーアちゃんはそんな僕の手を引いて、「あっちに行こう!」と色んなところへ連れ出してくれた。
もちろん、二人で一緒に本を読んで、「ここ面白かったね」なんて感想を言い合うこともいっぱいあった。
僕は、そんなふうにコロコロと表情を変える彼女の、太陽みたいな笑顔が大好きで――同時に、どこか危なっかしくて、放っておけないような気がしていたんだ。
でも、時々ふと、不思議に思うことがあった。
(キーアちゃんは、なんで僕といっしょにいてくれるんだろう)
彼女は、東通りでも中央広場でも、街のみんなから愛される人気者だ。
それに、彼女の帰るお家は『特務支援課』で、周りにはロイドさんやエリィさんたちのような、格好良くてすごい大人たちがたくさんいる。
僕は、こうして彼女と他愛のない話をしているだけで、胸がいっぱいになるくらい幸せだったけれど。だからこそ、時々不安になる。
(僕は、こうしていていいのかな)
何もない自分が。特別な力も、誰かを助けられるような強さも持っていない、何もできない普通の自分が……こんなにキラキラしたキーアちゃんの隣にいて、いいのかな。
言葉にできないそんなモヤモヤとした自信のなさを、僕はずっと、心の奥のほうで抱え続けていた。
***
それは、いつも通りの穏やかな日のことだった。
図書館でキーアちゃんに声をかけられてから、ちょうど一月くらいが過ぎた頃。
日曜日、日曜学校のみんなと一緒にたっぷり遊んだ帰り道。
夕暮れに染まるクロスベルの街を、僕はキーアちゃんを特務支援課のビルまで送っていくために、二人で並んで歩いていた。
「ねー、アルシュ。明日は図書館、一緒に行こうね!」
オレンジ色の西日を浴びて、キーアちゃんが弾むような声で振り返る。
その眩しい笑顔に、僕の心にあったちっぽけな不安なんか、あっという間に吹き飛んでしまった。
「うん、いいよ。この間借りた本も読み終わっちゃったし、何か新しいの入ってるかな」
照れくささを誤魔化すように、へにゃっと笑ってそう答えると、キーアちゃんは目を丸くして、パァッと顔を輝かせた。
「わぁっ、アルシュ、もう読んじゃったの!? アルシュはいっぱいご本読んでてすごいもんねー。……もしかして、図書館の本、全部読んじゃった?」
「ううっ、さすがにそんなにはいっぱい読んでないよ。難しい本もいっぱいあって、僕じゃまだそんなの全然読めないし……」
尊敬の眼差しを向けられて顔が熱くなり、僕は慌てて両手を振った。
キーアちゃんは「えへへー」と楽しそうに笑い、僕の歩幅に合わせて、また隣を歩き始める。
「じゃあ、明日はキーアも一緒に探すの、手伝ってあげるね!」
「うん……ありがとう、キーアちゃん」
夕暮れの街角で交わした、どこにでもあるような他愛のない約束。
西日を背にしてパッと花が咲いたように笑う彼女の姿が、ふと、不思議なほど可愛らしく見えて――僕は思わず、ピタリと足を止めてしまった。
「……アルシュ? どうしたの?」
数歩先で振り返り、不思議そうに首を傾げるキーアちゃん。
僕はハッとして、照れ隠しのように慌てて首を横に振った。
「ううん。……ちょっと歩き疲れたから、あそこのベンチで少し休憩してもいい?」
「うん、いいよ!」
彼女は元気よく頷いて、広場の端にあるベンチへと向かう。
「ちょっと待っててね」と声をかけて、僕は近くの自販機へ走った。
普段はあまりお小遣いを使う機会なんてないけれど、こういう時くらいは、男の子として少し背伸びをして、格好をつけたかったのだ。
冷たい缶ジュースを二つ買って戻り、キーアちゃんに手渡す。
「わぁ、ありがとう!」と嬉しそうに両手で受け取る彼女の隣に腰を下ろし、僕たちは並んで夕日を眺めながら、ぽつぽつと今日のことを話し始めた。
なんのことはない、日曜学校が終わった後、みんなと遊んだ時の出来事。
本当にそれだけの、他愛のないおしゃべりだ。でも、そんな時間がひどく心地よかった。
街のみんなから好かれていて、誰とでもすぐにお友達になれる人気者のキーアちゃん。
それなのに、彼女はみんなで遊んでいる時も、こうして帰る時も、ずっと僕の傍にいてくれる。
だから、僕はつい……ずっと不思議に思っていたことを、口に出して聞いてしまった。
「ねえ……キーアちゃんは、どうして僕といっしょにいてくれるの?」
「えっ?」
キーアちゃんは驚いたように丸い目をパチクリさせて、それから、少し考え込むように視線を落とした。やがて顔を上げて、僕を見つめ返す。
「……キーア、アルシュのこと好きだよ。だから一緒にいたいって……だめ?」
「っ……」
ドクン、と心臓が大きく跳ねて、顔にカッと熱が集まるのがわかった。
好き、と言っても、大人が口にするような深い意味じゃないことくらいは分かっている。
それでも、真っ直ぐに向けられたその言葉が、たまらなく嬉しかった。
僕には、何かすごいことができるわけじゃない。
でも――時々、キーアちゃんがふと見せる、僕じゃないどこか遠くを見ているような、寂しそうな顔を、なんとかして笑顔にしてあげたいと、ずっとずっと思っていた。
彼女が抱えている事情なんて、子どもの僕には分からない。
何もできないし、ただ隣にいることくらいしかできない。
それでも、彼女が僕のことを好きだと言ってくれるなら。一緒にいたいと言ってくれるなら。
「ううん、そんなことない。僕も、キーアちゃんのこと……好き、だよ」
顔から火が出そうなくらい真っ赤になりながら、僕は必死に言葉を絞り出した。
「僕にできる精一杯で……キーアちゃんのこと、守ってあげたいって。そう思うのは……だめ、かな?」
それは、特別な力を持たない男の子が口にした、精一杯の強がりで、純粋すぎる願いだった。
その言葉を聞いた瞬間、キーアちゃんの瞳が、わずかに揺れた。
一瞬だけ、今にも泣き出してしまいそうな、ひどく寂しげで、苦しそうな顔になりかけた気がした。
けれど。
「――ううんっ」
彼女は両手で、僕の右手をぎゅっと強く、絶対に離さないと誓うように握りしめてきた。
「嬉しい……とっても、嬉しいよ。アルシュ……っ」
僕の手を握るその手は微かに震えていて、向けられた微笑みには、僕には計り知れないような、重くて深い感情が滲んでいた気がした。
それが何なのか、今の僕には分からない。
ただ、僕の手を強く握りしめてくれる彼女の小さな手のひらの温もりが愛おしくて。
僕は、不器用ながらにその手を、しっかりと握り返したのだった。
おまけのおまけ。
ちょっとだけかきたくなったので、少しだけその後のふたりを。
アルシュくんは気づいてないけど、感情のベクトルはキーアのほうがずっと大きくなってるという関係。