『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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赤い再会②

「……で。どうする?」

 

シャーリィは木箱から身を乗り出し、アルシュの目の前へスッと細い手を差し出した。

街灯の逆光を背に受け、赤髪が夜風に揺れる。

 

「――強くなりたい?」

 

悪魔の囁きのように甘く、けれどどこまでも率直な問いかけだった。

 

強くなりたい。

その気持ちは、あの嵐の夜を境に、以前よりもずっと、ずっと強く、黒く、アルシュの腹の底で渦巻いていた。

もう二度と、大切な女の子を自分の身代わりに盾にするような、あんな無様で惨めな思いはしたくない。死の恐怖すらもねじ伏せられるほどの、圧倒的な力が欲しい。

 

喉まで出かかった「はい」という言葉。

けれど、アルシュはどうしてもそれを口に出すことができず、差し出された彼女の白い手を取ることもできなかった。

 

怖いのだ。

ランディや父が教えてくれた、誰かを護るための温かい剣とは全く違う、血と暴力の匂いがする未知の力への恐怖。目の前で無邪気に笑うこの女性が孕む、底知れない狂気への怯え。

そして何より――この手を取ってしまえば。自分を信じて背中を押してくれた父さんや、不器用ながらも親身に教えてくれたランディさん、そして、真っ直ぐに自分を頼ってくれるキーアを「裏切る」ことになるのではないかという、拭い去れない罪悪感。

 

光の当たる世界から、暗い裏道へと足を踏み外してしまうような気がして。

アルシュはギリッと唇を噛み締め、膝の上で強く拳を握り込んだまま、俯いてしまった。

 

「…………」

 

そんなアルシュの葛藤など、彼女にとっては手に取るように分かったのだろう。

シャーリィは差し出した手を引っ込めることはせず、ふっと呆れたように息を吐いた。

 

「アハハ、やっぱランディ兄のところにいるだけあって、変なとこ真面目でウブだねえ」

 

からかうような笑い声。

けれど、そこには以前のような獲物をいたぶるだけの冷酷さはなく、どこか手のかかる弟分を見るような、面倒見のいい『姉御肌』の気風が混じっていた。

 

「ね、ボク。明日、時間ある?」

 

「え……?」

 

「興味、なくもないみたいだからさ。アタシが特別に『体験』させてあげる」

 

顔を上げたアルシュの視界が、一瞬、グラリと揺れた。

シャーリィの瞳が、細い三日月のように歪められている。それは紛れもなく、血の匂いを好む猟兵としての、獰猛で残忍な肉食獣の気配。

だが、その唇に浮かんだ笑みは、ひどく無邪気で、アルシュの心の奥底にある「力への渇望」を直接撫で上げるような、抗いがたい魅惑に満ちていた。

 

「ほら、さっさと立ちなよ! ウジウジ悩むのは、一回アタシのやり方を味わってからでも遅くないっしょ?」

 

言うが早いか、シャーリィは躊躇するアルシュの手首をガシッと掴み、強引に引っ張り上げた。

 

「わっ……!?」

 

細い腕のどこにそんな力があるのか、十歳の少年の身体など羽毛のように軽々と引き上げられる。

乱暴で、有無を言わさない強引な引き寄せ。

あんなに恐ろしかったはずの、死神のような赤い猟兵の手。

 

一瞬だけ、キーアの泣きそうな顔が脳裏に浮かんだ。

それなのに。

引かれた腕の力強さと、彼女が纏う圧倒的な『絶対強者』の気配に当てられて。

アルシュは不思議と、掴まれたその手を振り払おうとは思えなかった。

 

暗い夜の路地裏。

少年は、自身の弱さを塗り潰してくれるかもしれない「劇薬」の誘いへと、ついにその身を委ねたのだった。

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