『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
翌日。
クロスベル市から北西に位置する、険しい岩肌と豊かな自然が広がるマインツ山道。
アルシュは、約束通り現れたシャーリィに連れられ、魔獣が徘徊するこの危険な山道の中腹まで足を運んでいた。
少し離れた場所では、昨日は姿を見せなかった大柄な男――ガレスが、周囲の地形を鋭い目つきで確認しながらシャーリィと何事か話し込んでいる。
「……周辺の魔獣の総数は、報告にあった通りさして多くはないな。だが、今後の『予定』に備えての地形の把握と、生息する魔獣の質の偵察としては十分だろう」
「あははっ、クロスベルの魔獣ってどんなもんかと思ったけど、案外ちょろそうじゃん。ねえガレス、アタシ一人でやっちゃっていい?」
「お嬢……。本来なら部隊を展開しての演習を兼ねるべきだが」
「いーじゃんいーじゃん! せっかくカワイイ見学者も連れてきてるんだからさ。アタシの『お手本』、見せてあげたいし!」
ガレスは深くため息をつくと、「仕方ない。周囲の警戒はこちらで引き受ける。存分にやられるといい」と短く応え、一歩退いた。
シャーリィの言う『体験』とは、彼女自身の戦いを特等席で見せることだったのだ。
これから何が始まるのか。アルシュは緊張でゴクリと唾を飲み込みながら、岩陰で待機するガレスの隣にそっと身を寄せた。
「あ、あの……」
沈黙に耐えきれず、アルシュは隣に立つ大柄な男を見上げて口を開いた。
威圧感のある傷だらけの顔つきだが、昨日のシャーリィの言葉を信じるなら、彼らから自分に危害を加える気はないはずだ。
「ガレスさん……って、言うんですよね。お姉さんは、いつもあんな風に……」
「……坊主」
不意に、ガレスが岩のように重く低い声で、アルシュの言葉を遮った。
その視線はアルシュではなく、前方に広がる山道へ向けられたままだったが、そこには確かな忠告の響きがあった。
「あまり、俺たちに深入りしないことだ」
「え……?」
「お嬢は気まぐれで面倒見がいい。お前のような筋のいいガキを見れば、ちょっかいを出したくもなるだろう。だが……俺たちが生きているのは、お前の親父やランディがいるような『陽の当たる場所』じゃない。深く関われば、お前も、お前の周りの人間も……その泥に引きずり込まれることになるぞ」
淡々と語られるその言葉には、脅しではなく、血と硝煙に塗れた世界に生きる者としての冷徹な事実だけが詰まっていた。
アルシュの背筋に、冷たいものが走る。
『体験』などという軽い言葉で足を踏み入れていい世界ではない。彼らは、本物の――。
「――おーい、ボク! ちゃんと見てなよー!」
ガレスの忠告をかき消すように、前方に歩み出ていたシャーリィが明るい声を張り上げた。
ハッとして視線を向ける。
彼女の細い腕の中には、いつの間に取り出したのか、身の丈ほどもある巨大な得物が握られていた。
鈍い鋼鉄の輝きを放つ、巨大な銃身。そしてその下部に備え付けられた、凶悪な刃が連なるチェーンソー。十歳の子供が見ても一目でわかる、相手の命を「無惨に刈り取る」ことだけを目的に作られた、純粋な殺戮兵器だった。
「アタシがどうやって恐怖をねじ伏せるか……特等席で、味わわせてあげる!」
巨大な得物を片手で軽々と肩に担ぎ直すと、シャーリィは振り返り、アルシュに向かって無邪気に、そしてひどく獰猛な笑みを浮かべて大きく手を振った。
それが、凄惨な『体験授業』が幕を開ける合図だった。