『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
轟音。
耳をんざくような、凶悪な刃が高速で回転する駆動音がマインツ山道に響き渡った。
「アハハハハッ! さあ、来なよ!」
血の匂いを嗅ぎつけて岩陰から飛び出してきた数匹の山犬型魔獣に向かって、シャーリィは巨大な得物――テスタ=ロッサを軽々と振り回して突っ込んでいった。
ズガァァァァッ!!
交差する一瞬。鮮血が宙を舞い、魔獣が悲鳴を上げる間もなく真っ二つに両断される。
アルシュの目は、その光景に完全に釘付けになっていた。
(すごい……)
警備隊の父が見せてくれた堅実な動きとも違う。ランディから教わった、最短距離で急所を突く洗練された素振りとも違う。
圧倒的なまでの暴力。苛烈にして、鮮烈。
真っ赤な髪を風に躍らせながら、巨大な凶器を事も無げに振るう彼女の姿は、恐ろしいはずなのに、不謹慎なほどに『華やか』だった。十歳の少年の心に、抗いがたい強烈な憧憬が焼き付いていく。
だが、瞬きも忘れてその戦いぶりを注視していたアルシュは、やがてある「違和感」に気がついた。
(……わざとだ)
数匹の魔獣が、連携してシャーリィに襲いかかる。
普通なら、間合いを取って巨大な得物を振り回すか、ガレスが言っていたように部隊で一網打尽にするのが『プロ』の戦い方のはずだ。
しかし、今のシャーリィは全く違う。
自分から無防備な隙を晒し、魔獣の牙が喉元に届く、ほんの数センチという絶望的な距離まで、一切の回避行動を取らないのだ。
そして――魔獣の牙が彼女の肌を裂こうとした、まさにそのミリ単位の瞬間に。
彼女は一歩も後ろへ下がることなく、むしろ半歩だけ『前』へ踏み込み、最小限の動きで死の牙を躱して反撃の刃を叩き込む。
(あのお姉さんが、ただ遊んでるだけなわけない。……あれは、僕に見せるためにやってるんだ)
アルシュの胸の奥で、カチリと何かが繋がった。
大聖堂の裏で、リリちゃんを背中に庇っていた時のこと。自分は、迫り来る魔獣の牙の恐怖に耐えきれず、無意識に「後ろ(あるいは横)」へ飛び退いてしまった。
シャーリィは今、あの時のアルシュと同じ状況を、自ら進んで作り出しているのだ。
圧倒的な死の恐怖が目の前に迫った時。後ろへ逃げるのではなく、恐怖を真正面から見据え、踏みとどまり、ギリギリの境界線で死をいなす方法。
彼女が言っていた『恐怖にちょっとだけ耐えるための選択肢』を、その身をもって証明してくれている。
「アハハッ! どう、ボク! よーく見えてる!?」
血しぶきの中でクルリとターンを決めたシャーリィが、アルシュの方を向いて無邪気なウインクを飛ばしてくる。
猟兵として生きる彼女にとって、あそこまで敵を引きつける戦い方は、本来なら非効率で無駄なリスクを伴うものだろう。
それなのに彼女は、昨日出会ったばかりの、名前すらまともに呼んでいない子供の「恐怖を克服したい」という未熟な願いのために、わざわざ身を挺して『特別授業』を行ってくれているのだ。
獰猛で、残忍で、血に飢えた猟兵。
けれど、その根底にある、弟分に対する不器用で破天荒な「姉御肌」。
アルシュは、雷に打たれたような衝撃と共に、恐怖の先にある真の『強さの形』の一つを、網膜の奥底に深く、深く刻み込んでいた。