『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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憧憬

轟音と悲鳴が止み、マインツ山道に再び静寂が降りてきた。

 

周囲に散乱するのは、無惨に両断された魔獣の死骸と、岩肌に生々しくこびりついた赤黒い血だまり。鉄の匂いと内臓のむせ返るような血の悪臭が漂う、血みどろでグロテスクな戦場。

平和なクロスベル市で育った十歳の子供なら、悲鳴を上げて逃げ出すか、その場にへたり込んで嘔吐してもおかしくない凄惨な光景だった。

 

しかし――。

 

「す、凄かった……!!」

 

岩陰から飛び出したアルシュの瞳には、恐怖も嫌悪も一切なかった。

泥と血にまみれた地面を気にする素振りすら見せず、小走りでシャーリィの元へ駆け寄る。その顔は、興奮で赤く上気していた。

 

「お姉さん、本当に凄い! あんなギリギリまで引きつけて……僕に見せるために、わざとやってくれたんですよね!? 本当に、本当に凄かったです……!」

 

アルシュの純粋な称賛の言葉に、肩に巨大なテスタ=ロッサを担いだままのシャーリィは、ポカンと口を開けて呆気にとられてしまった。

 

アルシュ自身、幼いながらに本能で理解している。彼女の戦い方が、警備隊のような表の世界のそれではなく、決して知ってはいけない裏の世界の、ひどく残酷な暴力の形であるということを。猟兵という存在すら知らないアルシュだが、それが『真っ当な力』ではないことくらいは分かっていた。

だというのに。

あの鮮烈で、苛烈で、一切の迷いなく死の恐怖をねじ伏せる彼女の圧倒的な戦いぶりは、アルシュの心に強烈な憧憬を焼き付けた。それは、自分にはない絶対的な強さに対する、ある種の『恋』にも似た、熱く眩暈のするような感情だった。

 

「お疲れ様でした、お姉さん! 怪我、ないですか!?」

キラキラと目を輝かせ、血の匂いなど全く意に介さずに自分を労ってくるアルシュを前にして。

数秒の沈黙の後、シャーリィは弾かれたように吹き出し、やがて腹を抱えて笑い始めた。

 

「あっはっはっはっ! ちょっと、マジで!? この状況でドン引きするどころか、アタシの戦い方のアドバイスに気づいて感動してんの!? あーもう、君ってば最高に面白いね!」

 

すっかり上機嫌になったシャーリィは、テスタ=ロッサを無造作に地面に突き立てると、そのままアルシュの小さな身体をガバッと抱き寄せた。

 

「わっ……!?」

「あー、可愛い! もう、ランディ兄(にい)なんかよりずっと見込みあるし素直じゃん! 兄貴なんてクソの役にも立たないけど、素直な弟がいたらこんな感じなのかなー」

 

少し血の匂いがする細い腕に抱きすくめられ、赤い髪がくすぐったいほど顔に当たる。シャーリィは自分の服に血が飛んでいることなどお構いなしに、アルシュの頭を乱暴に、けれどとても愛おしそうにガシガシと撫で回した。

 

その光景を少し離れた岩陰から見ていたガレスが、やれやれと深いため息をつく。

「……お嬢。一応、団にもお嬢より年下のガキはいくらでもいるだろう」

「あー、あれはノーカン。可愛げないし」

 

シャーリィは口を尖らせて笑うが、ガレスの言う通り、彼女の所属する組織(赤い星座)には少年兵も存在する。しかし、彼らがシャーリィに向ける視線は、最強の闘神の娘という『親父の七光り』に対するやっかみか、あるいは『血染めの(ブラッディ)シャーリィ』という通り名に対する純粋な恐怖と畏怖のどちらかしかなかった。

 

だからこそ、シャーリィにとってアルシュの反応はひどく新鮮だった。

裏の世界の事情も、猟兵という言葉も知らない無垢な少年が、自分の見せた純粋な『暴力の極致』を真っ向から受け止め、恐怖ではなく、尊敬と憧れの眼差しを向けてくれている。それが、彼女の気まぐれな姉御肌の琴線に、深く、心地よく触れたのだ。

 

ひとしきりアルシュの頭を撫で回して満足したのか、シャーリィはパッと身を離した。

そして、少し屈み込んでアルシュと視線を合わせると、先ほどまでの無邪気な笑顔から一転、獲物を試すような、鋭く蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「さて。アタシの『選択肢』、たっぷり見せてあげたけど」

 

シャーリィの金色の瞳が、アルシュの心の奥底を見透かすように真っ直ぐに射抜く。

 

「――で、ボクはどうする?」

 

恐怖をねじ伏せるための、鮮烈で残酷な力の証明。

全てを見せた上で、彼女はアルシュ自身に、次に踏み出す一歩を委ねたのだった。

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