『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
アルシュは、真っ直ぐにしゃがみ込んでいるシャーリィの顔を見つめ返した。
金色の、猫のように鋭くしなやかな瞳。
出会った夜、今にも殺されそうなほどの威圧感をぶつけられて、文字通りちびりそうになるほど脅された。
今日も今日とて、十歳の子供を連れてくる場所ではない、血なまぐさい魔獣の巣窟へ強引に引っ張ってこられた。
滅茶苦茶で、常識が通じなくて、恐ろしい人だ。
けれど。
昨日の夜、絶望的な自己嫌悪に沈んでいた自分に対して、この人は甘い慰めではなく、
冷徹な事実をもって正面から答えてくれた。
そして今日、言葉だけではなく、
その先にある圧倒的な『恐怖のねじ伏せ方』を、わざわざその身を晒して見せてくれたのだ。
あまりにも鮮烈で、苛烈。
血の匂いが立ち込める凄惨な戦い方なのに、どうしようもなく惹きつけられてしまう。
(……多分、僕はおかしくなっちゃったんだ)
アルシュは胸の内でそっと呟いた。
あの夜の嵐の恐怖に、あるいは目の前の彼女が放つ強烈な『力』に当てられて、頭のネジがどこか飛んでしまったのかもしれない。
表の世界の優しい剣じゃない。父さんや、ランディさんが教えてくれた温かい強さとは違う道だ。
でも、後悔したくなかった。
もう二度と、大切な女の子を自分の後ろに置いて、無様に逃げ出すような真似はしたくない。
「……僕」
アルシュは、ゆっくりと自分の右手を持ち上げた。
昨夜は彼女の差し出した手を取ることができず、今日も強引に手首を掴まれてここまで引っ張ってこられた。
しかし今は違う。
「僕は……お姉さんの強さが知りたい。この手を、取りたいです」
アルシュは自分自身の意志で、
真っ直ぐに手を伸ばし――彼女の細く、血の匂いが染み付いたその手を、力強くギュッと握り返した。
「…………」
シャーリィは、自分の手を握りしめてきたアルシュの小さな手を、まじまじと見つめた。
やがて、その金色の瞳が見開かれ、パァッと花が咲いたような、
底抜けに明るく獰猛な笑顔が顔いっぱいに広がる。
「アハハハハッ! いいね、最高! やっぱ君、すっごく面白いよ!」
シャーリィは握った手を力強く引き寄せると、
そのままアルシュの小さな身体を、今度は先ほどよりもずっと強く、
自分の胸の中へと抱きしめた。
細い腕の、けれど鉄のようにしなやかで強い抱擁。
血と硝煙の匂いの中に、彼女自身の体温がひどく熱く感じられた。
「よろしくね。――アルシュ!」
初めて呼ばれた、自分の名前。
「ボク」というからかい半分の呼び方ではなく、
一人の人間として、あるいは『見込みのある弟分』として認めてくれた証。
「はいっ……!」
アルシュもまた、少しだけ彼女の背中に腕を回し、その強烈な熱に身を委ねながら力強く頷いた。
(ごめん、父さん。ごめん、ランディさん)
心の中でそっと謝る。けれど、迷いはもうなかった。
いつか特務支援課の皆が揃うその日までに、キーアを、リリを、大切な人たちを絶対に守り抜ける『選択肢』を手に入れるため。
少年は自らの意志で、最強の猟兵が差し伸べた、危険で甘美な特別授業への扉をくぐり抜けたのだった。