『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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ホテルミレニアム②

「明日からのことだけどさ」

 

ベッドの上でアルシュを弄り回すのをようやくやめたシャーリィが、少し真面目な顔で作戦を切り出した。

そこで彼女の口から出たのは、アルシュにとって意外すぎる言葉だった。

 

「アルシュ、君は今まで通り、ランディ兄(にい)とパパさんの訓練も続けなよ」

 

「えっ……? でも、お姉さんの教えを受けるなら、中途半端になっちゃうんじゃ……」

 

驚いて聞き返すアルシュに、シャーリィは「ちっちっち」と人差し指を振って見せた。

 

「アタシ、そんなに長期間ここにいるつもりないしさ。

 それに、癪だけどランディ兄の基礎はしっかりしてる。

 今後も特訓を続けるなら、あいつの手ほどきは受けておいて損はないよ。アタシが教えるのは、昨日見せた『恐怖への対峙』と、いざって時の選択肢を増やすための『手札』。

……それだけで十分」

 

そう言うと、シャーリィは窓際で黙って聞いていたガレスを振り返った。

 

「ねえガレス。この子に拳銃の手ほどき、しといてあげて。

 とりあえず真っ直ぐ撃てる程度でいいからさ」

 

「……お嬢、本気か。子供に火器を……」

 

ガレスは眉を寄せ、考え込むように沈黙した。

 

しかし、クロスベルという街の特殊性を考えれば、その提案は決して無茶なものではない。

ここは多種多様な物資が流入する魔都だ。

知識さえあれば、護身用の拳銃程度なら比較的容易に手に入る。

 

「……承知した。自ら撃たぬまでも、その構造と対処法を知っておくことは生存率を上げる。最低限の作法は仕込んでやろう」

 

「よし、決まり! ガレスは銃器のスペシャリストだからね、しっかり教わりなよ。……あ、それともう一つ」

 

シャーリィはサイドテーブルの引き出しから、金属製の鎖がついた小さな塊を取り出し、アルシュの掌にぽんと乗せた。

 

それは、古めかしい懐中時計のような形をした、旧型の戦術オーブメントだった。

 

「あ……これって……」

 

「最新のエニグマよりずっと前の型落ちだけどね。もうアタシたちは使わないからあげるよ。

 中にハマってるクオーツは、今の規格じゃもう作られてない特殊なやつ。アーツの発動くらいなら十分できるはずだよ」

 

アルシュは羨望の眼差しでその鈍い輝きを見つめた。

クロスベルの子供にとって、オーブメントを所有することは一つの大きな憧れだ。

しかも、そこには今の市場では見ることができない、宝石のような美しいクオーツが埋め込まれている。

 

「いいんですか……!? こんなに凄いもの……」

 

「いいよ、ゴミにするよりはマシだしさ。……大切にしなよ、アルシュ」

 

悪戯っぽく、けれどどこか姉のような慈愛を込めて名前を呼ばれ、アルシュは顔を輝かせた。

 

「はいっ……! ありがとうございます、お姉さん!」

 

「よし。じゃあ、今日はもう帰りな。明日から本当の『地獄』が始まるんだから、パパとママにしっかり甘えて、たっぷり寝ておくこと!」

 

「……はい! 失礼します!」

 

型落ちのオーブメントを宝物のように握りしめ、アルシュはホテルの部屋を後にした。

 

明日から始まる過酷な日々。

けれど、その恐怖を上回るほどの期待と高揚感が、彼の小さな胸を占めていた。

 

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