『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
「明日からのことだけどさ」
ベッドの上でアルシュを弄り回すのをようやくやめたシャーリィが、少し真面目な顔で作戦を切り出した。
そこで彼女の口から出たのは、アルシュにとって意外すぎる言葉だった。
「アルシュ、君は今まで通り、ランディ兄(にい)とパパさんの訓練も続けなよ」
「えっ……? でも、お姉さんの教えを受けるなら、中途半端になっちゃうんじゃ……」
驚いて聞き返すアルシュに、シャーリィは「ちっちっち」と人差し指を振って見せた。
「アタシ、そんなに長期間ここにいるつもりないしさ。
それに、癪だけどランディ兄の基礎はしっかりしてる。
今後も特訓を続けるなら、あいつの手ほどきは受けておいて損はないよ。アタシが教えるのは、昨日見せた『恐怖への対峙』と、いざって時の選択肢を増やすための『手札』。
……それだけで十分」
そう言うと、シャーリィは窓際で黙って聞いていたガレスを振り返った。
「ねえガレス。この子に拳銃の手ほどき、しといてあげて。
とりあえず真っ直ぐ撃てる程度でいいからさ」
「……お嬢、本気か。子供に火器を……」
ガレスは眉を寄せ、考え込むように沈黙した。
しかし、クロスベルという街の特殊性を考えれば、その提案は決して無茶なものではない。
ここは多種多様な物資が流入する魔都だ。
知識さえあれば、護身用の拳銃程度なら比較的容易に手に入る。
「……承知した。自ら撃たぬまでも、その構造と対処法を知っておくことは生存率を上げる。最低限の作法は仕込んでやろう」
「よし、決まり! ガレスは銃器のスペシャリストだからね、しっかり教わりなよ。……あ、それともう一つ」
シャーリィはサイドテーブルの引き出しから、金属製の鎖がついた小さな塊を取り出し、アルシュの掌にぽんと乗せた。
それは、古めかしい懐中時計のような形をした、旧型の戦術オーブメントだった。
「あ……これって……」
「最新のエニグマよりずっと前の型落ちだけどね。もうアタシたちは使わないからあげるよ。
中にハマってるクオーツは、今の規格じゃもう作られてない特殊なやつ。アーツの発動くらいなら十分できるはずだよ」
アルシュは羨望の眼差しでその鈍い輝きを見つめた。
クロスベルの子供にとって、オーブメントを所有することは一つの大きな憧れだ。
しかも、そこには今の市場では見ることができない、宝石のような美しいクオーツが埋め込まれている。
「いいんですか……!? こんなに凄いもの……」
「いいよ、ゴミにするよりはマシだしさ。……大切にしなよ、アルシュ」
悪戯っぽく、けれどどこか姉のような慈愛を込めて名前を呼ばれ、アルシュは顔を輝かせた。
「はいっ……! ありがとうございます、お姉さん!」
「よし。じゃあ、今日はもう帰りな。明日から本当の『地獄』が始まるんだから、パパとママにしっかり甘えて、たっぷり寝ておくこと!」
「……はい! 失礼します!」
型落ちのオーブメントを宝物のように握りしめ、アルシュはホテルの部屋を後にした。
明日から始まる過酷な日々。
けれど、その恐怖を上回るほどの期待と高揚感が、彼の小さな胸を占めていた。