『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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ごめんね

街灯の淡い光と月明かりが交差するいつもの空き地。アルシュは一人、木剣を構え、夜の空気を切り裂くように素振りを始めた。

 

(お姉さんが言っていた、恐怖への対峙……それに、選択肢)

 

けれど、ただあの猟兵の狂気じみた動きを真似るだけじゃない。今自分が振っているこの剣――父さんやランディさんから教わった基礎にこそ、まずは意味があるのだと、今日のシャーリィの言葉で確信できた。だからこそ、アルシュは今まで以上に一振り一振りの軌道と重心を考えながら、熱心に剣を振り下ろした。

 

「ふっ、はっ……!」

 

何度目かの素振りを終え、息を吐き出した時。

ふと気配を感じて振り返ると、いつの間にか空き地の入り口に、特務支援課の警察犬(神狼)であるツァイトを護衛代わりに連れた、キーアが立っていた。

 

ドクン、と。アルシュの心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

 

(僕の、裏切りの音が聞こえる……)

 

裏の世界の猟兵の手を取り、大切な人たちを裏切ってしまったかもしれないという、重く冷たい罪悪感。

けれど、月明かりに照らされたキーアの顔を見た瞬間、そんな暗い感情は一瞬で吹き飛んでしまった。彼女は不安そうに眉を下げ、おそるおそる、壊れ物に触れるような声でアルシュに問いかけた。

 

「アルシュ……元気、でた?」

 

アルシュはコクンと喉を鳴らし、溜まった唾を飲み込んだ。彼女をこれ以上心配させないように、木剣を下ろして真っ直ぐにキーアの目を見つめ返す。

 

「ごめん、キーア。……心配させちゃったね」

 

アルシュはゆっくりとキーアのそばに歩み寄った。

キーアは、あの嵐の夜からずっとアルシュのことが心配でたまらなかったのだ。昨日の夜、剣も振らずに空き地でただ座り込んでいた彼の姿も、こっそり見て心を痛めていたのだろう。だから今日、アルシュが再び木剣を持って外に飛び出していくのを見て、たまらずツァイトにお願いしてここまで連れてきてもらったのだ。

 

アルシュはキーアの前に立つと、深く頭を下げた。

 

「ごめん。でも、もう大丈夫だよ。今度はキーアも、リリちゃんも……僕が絶対に守るから。守れるようになるから」

 

裏の世界の力を借りてでも。その強い信念を込めて、真っ直ぐに宣言したアルシュ。

――しかし、キーアの反応はアルシュの予想とは少し違っていた。

 

「……むーっ!!」

「え、わっ!?」

 

キーアは突然両手を伸ばすと、アルシュの両ほっぺたをガシッと掴み、そのまま容赦なく外側へ「むにむにむにっ!」と引っ張り始めた。

 

「そーゆーことじゃないもん! キーア、ほんとに、ほんとにいっぱいいっぱい心配したんだよ!!」

 

完全に「お怒りモード」のキーア。

 

「あむ、や、やめ、やめてぇ……っ」

 

ムニムニと頬を引っ張られ、言葉にならない情けない声を上げるアルシュ。裏の世界の過酷な特訓を耐え抜く覚悟を決めた少年も、この天真爛漫な少女の攻撃には手も足も出ない。

やがて、パッと手が離されたと思った次の瞬間。

 

「――どかーんっ!!」

「うわっ!」

 

キーアが、特務支援課の家族たちにしかやらないような勢いで、アルシュの胸に思い切り飛び込んできた。

ドンッと背中から地面に倒れ込みそうになるのを必死に堪え、アルシュはしがみついてきたキーアの小さな身体を受け止める。

 

アルシュの胸に顔をぐりぐりと埋めたまま、キーアの声が微かに震えた。

 

「無茶、したらやだよ……アルシュ……っ」

 

ほんの少しだけ、泣いているような水気を含んだ声。

強くなることよりも、ただ自分がいなくなることを恐れ、悲しんでくれる。その純粋で温かい涙声に、アルシュの胸の奥がギュッと締め付けられた。

 

「……うん」

 

アルシュは、自分の胸にしがみつくキーアの背中に、そっと両腕を回した。

 

「ごめんね、キーア……」

 

見上げた夜空には、満天の星々が静かに、そして優しく瞬いていた。

 

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