『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
ベルガード門の停留所にバスが到着し、アルシュとキーアは降り立った。
重厚な石造りの砦の入り口をくぐると、すぐに見慣れた赤い髪の青年の姿があった。
特務支援課のメンバーであり、今はここベルガード門に詰めている警備隊員、ランディ・オルランドだ。
彼は通路の端で、厳しい表情の女性士官――ミレイユ准尉と何やら話し込んでいるようだった。
「らーんでぃーっ!!」
ランディの姿を見つけるや否や、キーアは元気いっぱいに駆け出し、
そのまま彼の長い足に「どかーん!」と勢いよくぶつかって抱きついた。
「おわっ!? っと、なんだ、キー坊じゃねえか!」
ランディは突然の突撃に驚きつつも、すぐに破顔して足元にひっつくキーアの頭をガシガシと撫でた。
「こんにちは、ランディさん、ミレイユ准尉!」
少し遅れて駆け寄ったアルシュも、二人の大人に向けて元気よく挨拶をした。
「こんにちは、キーアちゃん、アルシュ君」
ミレイユ准尉も厳しい表情を崩し、優しく微笑みかけてくれる。
「よぉ、坊主。……なんだ、キー坊も一緒か?」
「はい! 僕がランディさんのところに行くって言ったら、キーアがどうしてもついていきたいって言って……」
「そうかそうか。キー坊も俺に会いたかったかー! よしよし!」
ランディは上機嫌でキーアを抱き上げ、頬ずりしようとしてキーアに「くすぐったーい!」と身をよじられて笑っている。
いつも通りの、平和で温かいやり取り。
しかし、アルシュと視線を交わした瞬間。
ランディの笑みが、ほんのわずかだけ――本当にコンマ数秒、ピクリと引き締まった。
(……ふむ)
ランディはアルシュの目つき、あるいは無意識の立ち位置や足の運び方に、何か『異質なもの』を感じ取ったようだった。
だが、彼はそれ以上深く追求するような素振りは見せず、すぐにいつもの飄々とした笑顔に戻った。
ただ、その一瞬の空気の変化を、隣にいたミレイユ准尉だけは見逃さなかった。
彼女はアルシュの顔を不思議そうに見つめ、それからハッとしてランディの方を振り向いた。
「……ねえ、ランディ。あの子の目、なんだか……」
ミレイユ准尉が何かを言いかけようとしたのを、ランディは片手でスッと制した。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、ってやつですよ、准尉」
「……それでも、あれはただの子供の顔じゃ……」
「大丈夫ッス。……俺に任せてください」
ランディはミレイユ准尉に向けて、安心させるような、しかしどこか強い意志を込めた仕草を見せた。
その真剣な横顔に、ミレイユ准尉は小さく息を吐き、「……分かったわ」と苦笑して引き下がった。
――そして、ベルガード門の屋上。
冷たい風が吹き抜ける広い訓練スペースで、アルシュは鞄から使い込まれた木剣を取り出し、準備運動を始めていた。
その少し離れた壁際では、キーアがちょこんと体育座りをして、アルシュの様子をじっと見つめている。
「……ねえ、キーア。本当にいいの? 僕が素振りしてるの見てても、多分全然面白くないよ?」
「いいの! キーア、アルシュのこと、ずっと見ててあげるから!」
キーアは両手で膝を抱えながら、ニコニコと、けれど絶対に目を逸らさないという強い意志で首を横に振った。
その様子を見ていたランディが、「はははっ、愛されてんなぁ、坊主!」と笑い飛ばす。
「そんじゃアルシュ。まずはいつも通り、俺と親父さんが教えた『型』で素振りをやってみろ。俺とキー坊が特等席で見ててやるからよ」
「はいっ!」
アルシュは深く息を吸い込み、木剣を正眼に構えた。
そして、ゆっくりと、しかし力強く剣を振り下ろす。
『恐怖への対峙』『選択肢』――シャーリィから叩き込まれたあの地獄の記憶。
そして、『表の世界の基礎』――父やランディが教えてくれた、誰かを護るための真っ当な剣の重み。
アルシュは今、その両方の意味を噛み締めながら、一振り一振りにすべての思考と重心を乗せて素振りを繰り返した。
ヒュッ、ヒュッ……。
屋上に、木剣が風を切る鋭い音だけが響く。
ランディは腕を組み、キーアは体育座りのまま、静かにその姿を見つめ続けていた。
十分ほど、無心で素振りを続けていた時だった。
「……よし」
おもむろに、ランディが壁から背中を離して立ち上がった。
彼は訓練用の木箱から予備の木剣を一本無造作に引き抜くと、
真っ直ぐにアルシュの正面へと歩み寄り――スッと、その長身から見下ろすように剣を構えた。
「そんじゃ、次はお兄さんが直々に付き合ってやるか」
「ランディ、さん……?」
「親父さんと俺が教えた通り、俺の剣をしっかり『受け止め』てみせろ。……行くぜ!」
言うが早いか、ランディの腕がブレた。
それは、昨日シャーリィが見せたような『殺すための速さ』ではない。
純粋な『重さ』と『技術』に裏打ちされた、表の警備隊員としての重厚な一撃が、アルシュの木剣に向かって叩き落とされた。