『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
ガァンッ!
夕焼けが空を赤く染め始めるベルガード門の屋上。
ランディが振り下ろした重い一撃を、アルシュは両手でしっかりと木剣を握りしめ、正面から受け止めた。
「はっ……! ふっ……!」
カン、カン、カンッ!
一つ、二つ、三つと、木剣同士が激しくぶつかり合う乾いた音が響き渡る。
ランディの振るう剣は、父・アデルのものとも違う、実戦的で力強い重さがあった。
時折、意地悪なほど鋭く、速い軌道でアルシュの急所を掠めるように振るわれる剣。
だがアルシュは、決してそれから目を逸らさなかった。
足がすくむことも、無意識に後ろへ逃げることもなく、真っ直ぐに剣の軌道を見据え、踏みとどまって受け止める。
「……ははっ」
何度目かの打ち合いの末、ランディが不意に木剣を下ろし、小さく笑い声を漏らした。
「ここまでにするか、坊主」
「えっ……あ、はい!」
息を切らして木剣を下ろしたアルシュが、ランディの視線の先を追うと――。
「アルシュのこと、ずっと見ててあげる」と宣言していたはずのキーアが、
壁にちょこんと寄りかかったまま、すやすやと心地よさそうな寝息を立てていた。
「あっ……寝ちゃってる」
「はははっ、特等席で見学なんて言うから意気込んでたのによ。まあ、俺たちの地味な打ち合いじゃ退屈したか」
二人は顔を見合わせて笑うと、足音を忍ばせてキーアの元へ歩み寄り、
彼女の小さな身体を挟むようにして冷たい床に腰を下ろした。
すー、すー、と規則正しい寝息。
すると、眠っているはずのキーアの手がもぞもぞと動き、アルシュの服の裾を「ぐいっ」と無意識に、けれど絶対に離さないように固く握りしめた。
「おっと。こいつは寝てても坊主を逃がす気はないみたいだな」
「えへへ……なんか、最近ずっとこんな感じで」
苦笑いしながらキーアの頭を優しく撫でるアルシュを見て、ランディは口元に笑みを浮かべたまま、ぽつりと口を開いた。
「――少し見ない間に、随分と強くなったじゃねえか」
「えっ……?」
突然の真っ直ぐな称賛に、アルシュはパッと顔を上げて照れくさそうに頬を掻いた。
「そ、そうですか? 自分じゃよく分からなくて……」
「ああ、強くなった。……どこかで『秘密の特訓』でもしてたか?」
ドキンッ。
その言葉を聞いた瞬間、アルシュの心臓が警鐘のように大きく跳ね上がった。
(嘘……バレてる……!?)
背筋を冷たい汗が流れ落ちる。
「あ……」と口を開きかけたものの、言い訳の言葉が何も出てこない。
裏の世界の猟兵――それも、ランディの身内である『赤い星座』の人間たちから教えを受けているなんて、絶対に言えるはずがなかった。
「な、なんで……」
どうにか絞り出した掠れ声に、ランディは空の彼方を沈る夕陽を見つめながら淡々と答えた。
「そりゃまあ、分かるさ。俺が時折混ぜた、お前をわざと怯ませて空振りさせるつもりの速い剣や、鋭い刺突……お前、あれから一切目を逸らさなかったろ」
アルシュの脳裏に、昨日の地下室での記憶がフラッシュバックする。
シャーリィの容赦のない寸止めと、時折混ざる本気の拳。
吐き気を催すほどの恐怖の中で、最後に一度だけ、迫り来る死の予感から逃げずに踏み込んだ、あの一瞬の感覚。
あれを経験した今のアルシュの目は、ランディが手加減して放つ鋭い剣撃程度では、もう決して恐怖で伏せられることはなくなっていたのだ。
「あれは、教えられてすぐにできるような芸当じゃねえ。……死の恐怖を本能でねじ伏せ、絶対に引かないと決めた『戦士の意志』だ」
それは紛れもなく、血みどろの戦場を生き抜くための、猟兵の流儀だった。
ランディは、アルシュが誰からそれを教わったのかまでは口にしなかった。
「別に、怒ってるとか責めるつもりはねえよ」
ランディがゆっくりとアルシュの方へ顔を向けた。
絶対にしこたま怒られる、あるいは軽蔑される。
そう思って身構えていたアルシュは、予想外の言葉にハッとしてランディの目を真っ直ぐに見つめ返した。
夕暮れの光に照らされたランディの横顔は、いつものチャランポランな警備隊員のものではなく。
かつて戦場から逃げ出し、今も自分の過去と向き合いきれていない、不器用な一人の青年の顔だった。
「誰かを護るために、恐怖から逃げずに立ち向かおうとするお前のその想いを……俺が否定できるはずもねえからな」