『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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星空の下

夜の帳がすっかり下りたクロスベル市街。

 

導力バスの停留所から特務支援課のビルへと続くレンガ造りの道を、アルシュは背中にキーアを負ぶったまま、ゆっくりと歩いていた。

 

「……ん、むにゃ……きーあ、ねてたぁ……」

 

静かな夜の空気の中、背中でモゾモゾと動いたキーアが、目をこすりながら目を覚ました。

 

「おはよう、キーア」

 

「んー……アルシュ? ここ、どこぉ……?」

 

まだ半分夢の中にいるのか、キーアはぽやんとした声でアルシュの首元に頬をすり寄せる。

 

「もうクロスベルに帰ってきたよ。もうすぐ支援課に着くからね」

 

「そっかぁ。……あっ、キーア、自分で歩くよ?」

 

慌てて降りようとするキーアだったが、アルシュは背中に回した腕に少しだけ力を込めた。

 

「ううん。……もう少しだけ、このまま背負わせてほしいな」

 

「……んっ、わかった! えへへー」

 

キーアは嬉しそうにアルシュの背中にしがみつき直した。

 

二人の影が、街灯に照らされて石畳の上に長く伸びる。

少し歩いた後、アルシュは夜空を見上げながら、ポツリと口を開いた。

 

「……ごめんね、キーア」

 

その声は、ここ数日のような、罪悪感や後ろめたさに押し潰されそうな重い声ではなかった。

憑き物が落ちたような、どこかスッキリと晴れやかな、澄んだ声色だった。

 

「んー? なんのごめん?」

 

キーアはアルシュの背中で不思議そうに小首を傾げる。

 

「今日一日、ツァイトや課長、それにランディさんと話をして……僕がどれだけ色んな人に心配をかけていたか、どれだけ優しくしてもらっていたか、すごくよく分かったんだ」

 

アルシュは、背中の温もりを確かめるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「キーアにも、いっぱい心配かけちゃって……本当にごめんね」

 

そのすっきりとした声色に、キーアも責めるようなことは言わなかった。

ただ、アルシュの背中にぴたりと身を寄せて、うん、と頷く。

 

「そうだよ。キーア、いーっぱいいっぱい、心配したんだから!」

 

「ありがとう。……でもね」

 

アルシュは足を止めず、真っ直ぐに前を向いたまま続けた。

 

「これからも、ちょっとだけ心配かけちゃうかもしれない。

……僕、支援課のみんなみたいにキーアやみんなを守りたくて、頑張って訓練を始めたんだ。それはこれからも続けたいから」

 

裏の世界の訓練とは言えない。けれど、強くなるための道をやめるつもりはないという決意。

 

それでも。

 

「でも、僕は絶対にどこにも行かないよ。……キーアのそばで、キーアを守るから」

 

夜空を見上げ、背中の確かな体温を感じながら、アルシュは誓うようにそう告げた。

 

するとキーアは、「……もう、仕方ないなぁ」と、少しだけ大人ぶったような、けれどとても嬉しそうな声を出した。

 

「わかった。キーアはこれからも、アルシュが無理しないように、ずっと見張っててあげる!」

 

ぎゅっ、と。

 

キーアがアルシュの首に腕を回し、背中に強く抱きついてきた。

それは、昼間のバスの中での「どこかに行っちゃいそうで怖い」という不安からくる縋るような抱擁ではない。純粋な信頼と、絶対的な愛情を込めた、温かい『ぎゅーっ』だった。

 

「アルシュ……あったかーい」

 

「ふふ、キーアも温かいよ」

 

「……それじゃあね、アルシュがいつかランディと戦う時、キーアがいーっぱい応援してあげる!」

 

「えっ!?」

 

唐突に飛び出した言葉に、アルシュは思わず目を丸くして立ち止まった。

 

「き、キーア、起きてたの!?」

 

「えへへー、ちょっとだけー」

 

背中でイタズラっぽく微笑むキーアに、

アルシュは一本取られたとばかりに「そっか」と笑い、「……ありがとう」と優しく返した。

 

やがて、特務支援課のビルが見えてきた頃。

 

「ねえ、キーア。今度、日曜学校が終わったら……久しぶりに、一緒に図書館に行こっか?」

 

「えっ、ほんと!?」

 

久しぶりの図書館への誘いに、キーアは背中でパァッと花が咲いたように喜んだ。

 

「うん! アルシュが図書館に行かない間、キーア、いーっぱい本読んだんだから! アルシュにおすすめの本、たくさん教えてあげるね!」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

アルシュは心からの笑顔で頷いた。

 

満天の星空の下。二人は久しぶりに、見えない重圧や恐怖から解放され、ただただ和やかで温かい、日常の時間を過ごしていたのだった。

 

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