『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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蠢く残影

深夜のクロスベル市街。

 

人影の途絶えた裏通りを、一人の男が歩いていた。

端正な身なりに似合わぬ、ひどく歪んだ、狂気じみた笑みを口元に張り付かせながら。

 

男は先程まで、クロスベルの地下深くに広がる巨大施設・ジオフロントの最下層に潜り込んでいた。

目的は、ルバーチェ商会が摘発され壊滅した際、しぶとく地下へと逃げ延びた少数のマフィア崩れどもに会いに行くことだ。

 

男のコートのポケットには、一つの『薬物』が潜んでいる。

 

つい数ヶ月前、このクロスベル全土に甚大な被害を引き起こした、あの忌まわしき教団事件の元凶たる狂気の薬。

男はその圧倒的な力と暴力、そして恐怖をもって、薄汚いネズミどもにある『少女』の誘拐を命じてきたのだ。

 

(……ヨアヒム司祭が、あれほどまでに執着していた少女。

 忌々しい警察と遊撃士どものせいで研究資料が失われた今となっては、なぜ司祭があの子供を欲していたのか、正確な理由は分からないが……)

 

男は暗い夜道を歩きながら、冷たい思考を巡らせる。

 

真の価値が分からずとも、使い道はある。共和国の暗部に潜伏しているという教団の同志たち、

あるいは黒月(ヘイユエ)どもの交渉材料としてあの少女を差し出せば、あちら側で新たな足場を築くための強力なカードになるはずだ。

 

(ひとまず、捕らえ次第すぐに私が潜伏する予定のアルタイル市へと送るよう伝えておいたが

 ……あの怯えきった様子だと、期待は薄いか。まあ、あくまでただの保険にすぎないがな……)

 

男は足を止め、懐から小さな小瓶を取り出した。

街灯の乏しい光を浴びて、小瓶の中の錠剤が妖しく、そしてひどく甘美な光を放つ。

それを見つめる男の目に、もはや理知的なエリートの面影はない。あるのは、薬効と妄念に脳髄を焼かれた狂人のそれだった。

 

「……くくっ。いや、やはり無知蒙昧な愚か者どもに、過度な期待などするべきではないな」

 

男は小瓶を愛おしそうに撫でながら、暗い路地裏で独りごちた。

 

そうだ。薄汚いマフィアの動向など、もはやどうでもいい。

自分が真に求めるべきものは、他者を利用して得るちっぽけな権力などではない。

 

「私が求めるべきは……ヨアヒム司祭が追い求め、そして得た『叡智』。

 ……そうだ、この《グノーシス》さえあれば、私も至ることができるはずだ。司祭と同じ、高みへと……!」

 

男の脳内から、先程まで利用しようと画策していたマフィア崩れたちの存在は、すでに綺麗さっぱり消え失せていた。

今、彼の濁った頭の中に残っているのは、狂信的なまでに敬愛した邪教の幹部司祭の姿と、彼が追い求めた人智を超える叡智の光だけだ。

 

「ふ、ふふふ……アハハハハッ! そうと決まれば、まずは元議長閣下に……たっぷりとご協力いただくとしようか……!」

 

静まり返ったクロスベルの夜の闇に、男の狂った哄笑が低く、ぬちゃりと蠢いていた。

 

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