『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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図書館の思い出

そして、休日の暖かな陽射しが降り注ぐ、日曜学校の終わりの時間。

 

「さようなら、シスター・マーブル」

 

「ええ、気をつけて帰るのですよ。アルシュ君、キーアちゃん」

 

礼拝堂の扉の前でシスターに挨拶を交わし、二人は他の子供たちと一緒に大聖堂の階段を下りていく。

 

「ねえみんな、僕はこの後図書館に寄って帰る予定なんだけど……よかったら、一緒にどう?」

 

帰り道、アルシュがリリたち他の子供たちに声をかけてみるが、

「ごめん、今日は家族とお出かけなんだ」「オレもこの後予定があってさ」と、みんなそれぞれの家路へと散っていった。

 

「じゃあ、今日はキーアと二人だね」

 

「うんっ! アルシュと図書館、すっごく久しぶり!」

 

キーアと二人きりになったアルシュは、手を繋いでクロスベル市街の図書館へと向かった。

 

静かで、インクと古い紙の落ち着く匂いが漂う図書館。

カウンターに向かうと、見知った受付の職員が目を細めて笑いかけてくれた。

 

「やあ、いらっしゃい。……なんだか、ずいぶんと久しぶりだね」

 

「あっ……ごめんなさい。最近、ちょっと忙しくて、なかなか来られなくて」

 

少し気まずそうに謝るアルシュに、受付の職員は優しく首を振った。

 

「いいんだよ、謝ることなんてないさ。本は逃げないからね。またいつでも、時間がある時に遊びにおいで」

 

「……はいっ。ありがとうございます」

 

温かい言葉にホッと胸を撫で下ろし、アルシュとキーアは奥の本棚へと歩みを進めた。

 

「えへへー、アルシュ、今日はなに読むー?」

 

キーアがアルシュの服の裾を軽く引っ張りながら、楽しそうに本棚を見上げる。

 

「そうだね、久しぶりだから、何か面白い物語がいいな……」

 

背表紙を目で追いながら歩いていたアルシュの足が、ふと、ある一冊の童話の本の前でピタリと止まった。

引き寄せられるようにその本を手に取ると、キーアが横からひょっこりと顔を出して覗き込んできた。

 

「ねえ、キーア。……この本のこと、覚えてる?」

 

アルシュの問いかけに、キーアは表紙の絵をじーっと見つめ……やがて、パァッと顔を輝かせた。

 

「あっ! これ、キーアが初めてアルシュに会った時に、アルシュが読んでた本だ!」

 

「ふふ、正解」

 

アルシュは、分厚いマメと固い皮に覆われた今の自分の掌で、その懐かしい本をそっと撫でた。

 

――それは、今から四ヶ月ほど前のこと。

アルシュがまだ木剣すら握ったこともなく、ただの「本が好きな普通の男の子」だった頃の記憶だ。

 

その日もアルシュは、この図書館の隅の席に座り、夢中になって物語のページをめくっていた。

主人公の冒険にワクワクして、知らず知らずのうちにニコニコと笑みを浮かべていたのだろう。

 

『ねえねえ、それ、面白いの?』

 

いきなり隣から声をかけられ、アルシュはビクッと肩を揺らして驚いた。

 

振り返ると、そこには今まで見たこともない、鮮やかな緑色の髪と、くりくりとした大きな瞳を持った女の子が、アルシュの顔を不思議そうに覗き込んでいたのだ。

 

『えっ……? あ、あの、君は……誰?』

 

『キーアだよ! ねえ、その本、面白い?』

 

無邪気で、太陽みたいに明るい笑顔。

アルシュが戸惑いながらも「う、うん……面白いよ」と答えると、キーアはさらに身を乗り出してきた。

 

『ほんと!? じゃあ、読み終わったら、キーアもそれ読んでいい!?』

 

『えっ、う、うん。いいよ』

 

驚きながらも頷くと、キーアは「わーいっ!」と両手を挙げて、心底嬉しそうに笑った。

その時の、花が咲いたような笑顔があまりにも可愛くて、眩しくて。

アルシュはつい、自分の顔が熱くなるのを感じながら、さっき読み終わって隣に置いていた別の本を、そっと彼女の前に差し出していた。

 

『あ、あの……こっちの本も、すごく面白かったから。……よかったら、読んでみない?』

 

それが、アルシュとキーアの、一番最初の出会いだった。

 

 

「……懐かしいなぁ」

 

アルシュは手元の本から視線を上げ、四ヶ月前と少しも変わらない、

無邪気で可愛いキーアの笑顔を見つめ返した。

 

ただの「本好きの少年」だった自分が、あの嵐の夜を経て、大切なものを護るために血を吐くような猟兵の特訓に身を投じることになった。

 

たった四ヶ月。けれど、アルシュにとっては自分の世界がひっくり返るような、濃密で劇的な四ヶ月だった。

その怒涛の日々の中で、こうして変わらず隣で笑ってくれるキーアの存在が、どれほどアルシュの心を救ってくれていたことか。

 

「ねえ、キーア」

 

「ん?」

 

「久しぶりに、この本……また二人で読まない?」

 

「うんっ! 読む読むー!」

 

アルシュは微笑み、キーアの手を引いて、あの日の出会いと同じ、図書館の隅の閲覧席へと向かった。

 

窓から差し込む午後の暖かな光の中。二人は肩を並べ、久しぶりの図書館で、ただひたすらに穏やかで平和な時間を過ごしたのだった。

 

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