【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
翌日の、クロスベル大聖堂。
ステンドグラスから色とりどりの光が差し込む日曜学校の教室は、休み時間を迎えて、子供たちの賑やかな声にすっかり包まれていた。
「ねえねえ、アルシュ! この後の休み時間、広場で一緒にみっしぃごっこしよ!」
「わっ……!?」
不意に真横から顔を覗き込まれて、アルシュはビクッと肩を跳ねさせた。
すぐ目の前に、こてんと首を傾げるキーアの顔がある。
彼女特有の、陽だまりみたいに明るい匂いが、ふわっと鼻先をかすめた。
以前のアルシュなら、なんてことはない距離だ。「いいよ、キーア」と、普通に笑い返せていたはずの近さ。
なのに――今の彼の頭の中では、昨日のベルガード門で見た、ランディのニヤニヤ笑いと、あの一言が、さっきからぐるぐると回り続けていた。
『おやおや〜? アル坊、お前さん、さてはキーアにほの字ってやつだな?』
(ほの字、ほの字、ほの字……初恋、って……!)
キーアを「守りたい」という自分の気持ちが、ただの友達以上のものかもしれない。
そう一度自覚してしまった途端、彼女の無邪気すぎるスキンシップが、とんでもない破壊力を持ち始めてしまったのだ。
「き、キーア! ち、近い! 近いよっ!」
アルシュは慌てて、ガタッと椅子を鳴らし、のけぞるみたいにして距離を取ってしまう。
「え?」
急に避けられたキーアが、エメラルドグリーンの瞳をぱちぱちと瞬かせた。
そして、不思議そうに眉を寄せると――なぜか、さらにぐいっと身を乗り出してくる。
「アルシュ、どうしたの? なんだか、顔がすっごく赤いよ?」
「ひゃっ!?」
「お熱、あるのかな……?」
心配そうに呟きながら、キーアは小さな両手をそっと伸ばして、アルシュの頬をぺたっと包み込んだ。
かと思えば、確かめるように、自分の額をこつん、と彼の額にくっつけてくる。
「……うーん、ちょっと熱いかも。シスター・マーブルに言って、お薬もらってくる?」
至近距離で、まっすぐ見つめてくる大きな瞳。おでこから、じんわり伝わってくる彼女の体温。
――ここで、十歳の少年のキャパシティは、見事に限界を突破した。
「なななっ、なんでもない! なんでもないから! ご、ごめん、ちょっと顔洗ってくるっ!!」
「あっ、ちょっとアルシュ!? 走っちゃダメだよー!」
ボンッ、と音でもしそうな勢いで顔を茹でダコみたいに真っ赤にして、アルシュはキーアの制止も聞かず、教室から廊下へと一目散に飛び出していった。
冷たい水をパシャパシャと顔にかけながら、鏡に映る自分のなんとも情けない顔を見つめて、アルシュは深々とため息をつく。
(……全然ダメだ。これじゃ、守るどころか、普通に話すことすらできないじゃないか……)
『キーアを守るナイトになるにゃ、あの嬢ちゃんの「保護者ども」の審査を通らねぇとなあ?』
またしても、ランディの言葉が蘇る。
あの百戦錬磨の支援課の大人たち――とりわけロイドやエリィの前で、こうもいちいちドギマギしていたら。ナイトとして認めてもらえる日なんて、それこそ果てしなく遠い。
「……もっと、強くならないと。剣も――心も」
パンッ、と両手で自分の頬を打って、気合を入れ直す。
いつか。彼女がこんなふうに無防備に近づいてきても、うろたえたりせず、堂々と隣にいられるくらい。
そんな、頼もしい男になるんだ。
洗面所でひとり、誰にも聞こえない声で、アルシュは新たな誓いを立てるのだった。