『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
議長たちの背中が見えなくなると、キーアは期待に満ちた瞳でエリィを見上げた。
「ねえねえ、エリィ! 今日、いっしょに晩ごはん食べられるの?」
「ええ。せっかくだから、一緒に食事にしましょうか」
エリィが微笑んで頷くと、キーアは「やったー!」とその場でぴょんっと跳ねた。
「だったら、キーアが夕飯作ってもいい!?
ロイドやみんなが帰ってきた時のために、最近いろいろお料理の勉強してるんだよ!」
「ふふ、本当? それじゃあ今日は、キーアちゃんの手料理をご馳走になろうかしら」
「うんっ、任せて!」
意気揚々と胸を張ったキーアは、くるりとアルシュの方を向いた。
「ねえ、アルシュも一緒に食べよう!」
「えっ、僕もいいの?」
「ふふ、もちろんよ。アルシュ君も一緒にどうかしら?」
エリィからも優しく誘われ、アルシュは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「……ありがとう、キーア、エリィさん。母さんには、後で遅くなるって連絡しておかなきゃな」
三人で向かった夕暮れの市場(マルシェ)は、活気に満ちていた。
久しぶりにエリィと一緒にいられるのが嬉しくてたまらないのか、
キーアは終始ご機嫌で、エリィの手を引いては食材を見て回っている。
「キーアちゃん、お肉はこっちの方が新鮮そうよ」
「ほんとだ! じゃあ、こっちにしよーっと。……あ、アルシュ、これお願い!」
「うん、わかった」
アルシュは文句一つ言わず、次々と増えていく食材の袋を両手に提げて歩く。
そんな二人のやり取りを見守りながら、エリィは自然と笑みをこぼしていた。
無邪気な妹と、荷物持ちを買って出て、男の子として一生懸命に頼もしく振る舞おうとしている兄。
その姿は、まるで本当の仲の良い兄妹のようで、見ているだけで心が温かくなった。
すっかり日が落ちた頃。
買い物を終えた三人が、特務支援課のビルの前まで帰ってきた、その時だった。
ガチャリ、と。
ビルの重い扉が開き、中から一人の見知った人影が出てきた。
「……ワジくん?」
「あ、ワジだー!」
エリィが驚きに目を丸くし、キーアが嬉しそうに声を上げる。
現れたのは、中性的な美貌を持つ青い髪の少年――ワジ・ヘミスフィアだった。
「やあ、お帰り。随分と賑やかだね」
ワジは涼涼やかな笑みを浮かべ、ひらりと手を振る。
「どうしてここに……?」とエリィが尋ねようとした、まさにその瞬間。
(……っ! この人、旧市街の不良グループの人だ……!)
以前、街で見かけた記憶がアルシュの脳裏を過った。
得体の知れない不良が、なぜ支援課のビルから出てきたのか。
アルシュは両手に荷物を抱えたまま、とっさにキーアを庇うように、彼女の前にスッと立ち塞がった。
「おや?」
エリィの問いに「ちょっと野暮用があってね」と答えようとしていたワジが、ピタリと動きを止めた。
警戒心を露わにして自分を睨みつけるアルシュの、その迷いのない『前に出る』という行動。
ワジの知る「普通の子供」では決してできないような、淀みのない歩みと覚悟の強さに気づき、ワジは面白そうに目を細めた。
「……へえ」
「あ、アルシュ君、大丈夫よ!」
アルシュの緊張に気づいたエリィが、慌てて間に入る。
「彼はワジくん。旧市街の……ええと、私たちの知人なの。怪しい人じゃないわ」
「うん! ワジは悪い人じゃないよ、アルシュ!」
キーアもアルシュの背中からひょっこり顔を出し、ニコニコと笑って言った。
「えっ……あ。そ、そうだったんだ……」
自分の早とちりだったと気づき、アルシュは一瞬にして耳の先まで真っ赤になった。
「す、すみません……! 勘違いしちゃって……っ」
恥ずかしさで縮こまるアルシュを見て、ワジはくすくすと上品に笑い声を漏らした。
そして一歩近づくと、アルシュの肩をポンと軽く叩く。
「いい心掛けじゃないか。小さなお姫様を真っ先に庇うなんて、立派な騎士(ナイト)様だ。……その調子で頑張りなよ、少年」
「うぅ……からかわないでください……」
顔から火が出そうになっているアルシュの反応に、ワジは満足げに微笑んだ。
そして、エリィたちに向き直る。
「それじゃ、俺は用事も済んだし帰るとするよ。邪魔して悪かったね」
「ううん、気をつけてね」
ひらひらと手を振りながら、ワジは夜の街へと歩き出す。
すれ違いざま、彼は意味ありげな視線をビルに向け、そしてエリィたちに妖しく微笑みかけた。
「……またね」
その言葉の真意を今は誰も知る由もなく、三人はワジの背中を見送った後、
温かい夕飯の待つ支援課ビルの中へと足を踏み入れたのだった。