『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
あの昼間の特訓でのやり取りが、よほど強く印象に残っていたのだろうか。
深い疲労の中で眠りに落ちたアルシュの脳裏に、
シャーリィの『遊撃士になったら、カチ合うかもね』という言葉が引き金となり、ひどくリアルな「未来の夢」が展開されていた――。
紛争地帯、あるいは国境付近のきな臭い戦場。
クロスベル遊撃士協会の若きエースとして市民の避難誘導を指揮していた
少し大人びたアルシュの耳に、聞き慣れた、そしてこの世で最も聞きたくない「凶悪な駆動音」が響き渡る。
「アハハハハハッ! 奇遇じゃんアルシュ! すっかり立派な遊撃士様になっちゃってさ!」
空から降ってきた赤い暴風。
「アタシたちこっちの防衛軍に雇われてるんだけど、可愛い弟分がいるなら話は別! 久々にちょっと遊ぼうよ!!」
挨拶代わりとばかりに、大質量かつトップギアで振り下ろされるテスタ=ロッサの凶刃。
並の遊撃士なら一溜まりもない即死の一撃を前に、アルシュは顔に盛大な冷や汗を浮かべながらも、瞬時に腰の『片手剣』を抜き放った。
「ちょっと待ってシャーリィさん!? 今、市民の避難誘導中で……って、あぶなっ!」
ガギィィィンッ!!
けたたましい火花が散り、剣の腹と絶妙な足捌きでその理不尽な重撃を完璧に受け流す。
「いいねいいね! アタシの教え、ちゃんと身体に染み込んでるじゃん! じゃあ次はこれ!」
「だから話を聞いてくださいよ! 仕事中! 僕、今すごい真面目な仕事中なんで!!」
嬉々としてライフルを振り回し、アクロバティックな銃撃を仕掛けてくる少し大人びたシャーリィに対し、アルシュは冷静沈着に立ち回る。
片手剣で弾道を逸らしながら、もう片方の手に握った『導力銃(オーバルガン)』で的確な牽制射撃を行い、アーツの障壁で最低限の防御をこなしていく。
「あーもう、相変わらず小賢しい戦い方するなあ! ランディ兄(にい)よりタチ悪いよ、アンタ!」
「誰のせいだと思ってるんですか! ……あそこらへんで腕組んで見てるガレスさん! 止めてくれません!?」
遠くの岩陰で呆れたように様子を見ている副団長に声を飛ばすも、ガレスは肩をすくめるだけ。
『諦めろ。お嬢は立派に育ったお前を見つけてご機嫌だ。死なない程度に付き合ってやれ』
「無茶言わないでくださいよ、この人本気で殺しにきてますからね!?」
口では文句を言い、焦ったような態度を見せながらも、アルシュの瞳は極めて冷静だ。
戦場のすべてを把握し、被害を出さずにこの「猛獣のような姉貴分」の機嫌を取って退かせるための最善手を、必死に模索していた――。
「……うわぁっ!?」
ガバッ、と。
アルシュは自室のベッドで勢いよく跳ね起きた。
全身は寝汗でぐっしょりと濡れ、心臓が早鐘のようにドクドクと鳴っている。
「……ゆ、夢……」
乱れた呼吸を整えながら、アルシュはヘナヘナとベッドに倒れ込んだ。
昼間の会話に引っ張られて、とんでもない未来の想像図を脳内で組み上げてしまっていたようだ。
(僕が、遊撃士のエース……!? しかも、あのシャーリィさんたちと普通に渡り合って……っ)
なんだか、自分の願望が都合よく入り混じったような、むず痒い夢の内容。
未来の自分が、あんな風に飄々と、かつてのトラウマだった猟兵を相手に立ち回っていた光景を思い出し、アルシュは一人でベッドの上で顔を真っ赤にして頭を抱えた。
「……恥ずかしい……」
穴があったら入りたい気分だった。
けれど。熱くなった頬を両手で押さえながら、その分厚くなった掌の感触を確かめ、アルシュは窓から差し込む薄明かりに目を向けた。
「……遊撃士、か……」
それは夢がもたらした、ほんの小さな、けれど確かな未来の可能性。
アルシュは噛み締めるようにその言葉を呟き、微かな高揚感を胸に抱きながら、新しい一日の始まりへと立ち上がった。