『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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終わりゆく日々に

薄暗い地下室に、激しい木剣の衝突音が響き渡る。

 

「はぁっ、だあっ!」

 

アルシュは渾身の力を込めて剣を打ち込む。

踏み込むタイミング、狙う場所、重心を落とした姿勢。

ガレスから叩き込まれた『赤い星座』の流儀のすべてを織り込んで、相手の虚を突こうと必死に剣を振るう。

 

相手の攻撃を『捌く』訓練の方は、痛い思いをしながらも少しずつ目が慣れ、着実に前に進んでいるという手応えがあった。

しかし、こと『こちらから打ち込む』ことに関しては、残酷なほどに全く駄目だった。

 

「はい、そこまでー!」

 

シャーリィの明るい声が響き、打ち込みの時間が終了する。

 

「はぁっ、げほっ……ぜん、ぜん……駄目だ……っ」

 

アルシュは膝に手をつき、肩で激しく息をしながら、悔しそうに床へ汗を落とした。

 

「えー? そんなことないって」

 

シャーリィは木剣を肩に担ぎ、ケラケラと笑う。

 

「初日の、ただ闇雲に振り回してただけのヒョロヒョロな剣に比べたら、だいぶマシな軌道になってきたよ?」

 

「でも……僕、一度もお姉さんに当てられそうになってないし……かすりも、しない……っ」

 

本当に手も足も出ない。

その事実への不甲斐なさにアルシュが唇を噛むと、シャーリィは心底可笑しそうに吹き出した。

 

「あはははっ! そりゃそうでしょ! 剣を握り始めてまだ三ヶ月そこそこの子供に、アタシが本気で当てられそうになったら、そっちの方が猟兵としてヤバいっての!」

 

「えぇっ……? じゃ、じゃあ、何のために毎日打ち込みを……?」

 

アルシュがポカンとして「何のための訓練だったの」という顔をすると、シャーリィはふっと笑みを収め、真面目なトーンで告げた。

 

「前にも言ったでしょ。アンタはまだ身体も出来上がってないし、筋力もない。

 ……もしこれから先、アンタが誰かを守るために戦うことになるとしたら、相手は絶対に『自分よりずっと強くてデカいヤツ』ばかりになる」

 

シャーリィは、アルシュの胸を木剣の柄で軽くトン、と突いた。

 

「だから、ただ本能で剣を振るうな。頭をフル回転させて『考えて戦う癖』をつけさせてるの。

 ……いい? 私たちがアンタの訓練を見てやれなくなっても、この『考えながら剣を振るうこと』だけは、絶対に続けなよ」

 

「……っ」

 

その言葉の奥にある、確かな『教え』と『別れの予感』。

アルシュはギュッと木剣を握り直し、「はい」と深く頷いた。

 

 

少しの休憩を挟み、攻守が交代する。

 

「さーて、それじゃあいくよ」

 

シャーリィは木剣をだらりと下げ、獰猛な肉食獣の笑みを浮かべた。

 

「さっきも言った通り、アタシたちが訓練をつけてやれるのは『今日』と『明後日』……あと二日だけだからね。ちゃんと、一振り一振り噛み締めてやりなよ」

 

「お願いします……!」

 

アルシュが構えた瞬間、空気が爆ぜた。

拳の稽古とは違い、木剣を使った防御訓練は、通常の手加減された打ち込みを捌きながら、

時折シャーリィが混ぜ込んでくる『本気で当てに来る一撃』を見切り、防ぐというものだった。

 

訓練を受け始めて約三週間。ずっと彼女の理不尽な剣を真っ向から受け続けてきた。

死の恐怖や、迫る衝撃に対する本能的な怯えはもうほとんど感じていない。

……けれど、彼女が不意に放つ『本気で当てに来る一撃』だけは、どうしても見切れず、

これまで一度も完全に止めることはできていなかった。

 

(……でも、今日は)

 

不思議な感じだった。

 

あれほどガチガチに入っていた肩の力や、

「絶対に防がなきゃ」という気負いのようなものが、今のアルシュには一切なかった。

極めて自然体のまま、スッと防御の姿勢に入ることができた。

 

『あと二日で終わり』

 

その事実をはっきりと認識したからだろうか。

 

アルシュの感覚は研ぎ澄まされ、シャーリィの振るう木剣の軌道、筋肉の動き、呼吸のすべてが、まるでスローモーションのように脳裏に焼き付いていく。

この地獄のように恐ろしくて、けれど温かかった日々を忘れないように。

彼女の教えの一振り一振りを、魂に刻み込むように。

 

ガァンッ! カァンッ!

 

「……おっ?」

 

アルシュの動きの変化に、シャーリィが微かに目を見張る。

 

ヒュオッ!

 

下段からのフェイントを交えた、回避することの出来ない本気の斬り上げ。いつもなら絶対に見失い、吹き飛ばされていたその一撃を。

 

――ガギィィィンッ!!

 

アルシュは半歩退きながら木剣を滑らせ、その凶悪な威力を完璧な角度で『受け流した』。

 

「……っ、ふぅぅ……!」

 

そのまま体勢を崩さず、次の連撃の軌道へと防御を置く。

右、左、袈裟斬り、そして突き。

圧倒的な暴力の嵐の中で、少年はまるで嵐の中を舞う木の葉のように、

決して致命傷を負うことなく、そのすべてを捌き切っていた。

 

そして、長い長い打ち合いの末。

 

「――そこまで!」

 

シャーリィがピタリと剣を止めた。

アルシュの肩は激しく上下し、滝のような汗が全身から噴き出している。

しかし、その手から木剣は落ちておらず、彼の身体には今日、ただの一撃もクリーンヒットしていなかった。

 

その日。

 

アルシュは初めて、最初から最後まで、シャーリィの剣を完璧に受け止め、捌き切ることに成功したのだった。

 

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