『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
翌朝。
アルシュは約束通り、クロスベル市の東口へとやって来ていた。
そこに停まっていた導力車には、いつも運転しているガレスの姿はなく、運転席でシャーリィが一人で待っていた。
「あれ? シャーリィさん、車の運転できたんですか?」
「できるよー。まあ、ガレスのオッサンほどうまくはないけどね」
シャーリィは窓から顔を出し、ニシシと笑って助手席のドアを叩いた。
「ほら、早く乗りな! アタシが思いっきり暴れても問題ないところまで連れてってあげるからさ」
「は、はい!」
アルシュは促されるまま車に乗り込んだが――
その直後、凄まじい急発進と、カナリ荒っぽい、いや、文字通り命の危険を感じるほどの『猟兵流の乱暴な運転』に振り回されることになった。
「う、うえぇぇ……っ」
「あはははっ! ちょっとアルシュ、顔真っ青じゃん!」
激しい車酔いで胃の中身を吐きそうになりながら、アルシュはようやく目的の場所へと到着し、ふらふらと足元を覚束なくさせながら車を降りた。
「ここ、は……?」
少し落ち着いてから周囲を見渡す。
そこは、うっそうとした木々と重苦しい空気が漂う、ひどく物々しい遺跡のような場所――アルモリカ古道の手前に位置する『古戦場』だった。
「クロスベルに、こんな場所があるなんて知らなかった……」
アルシュが驚いて辺りを見回すと、遠目からでも、今まで見たこともないような凶暴で巨大な魔獣が徘徊しているのがはっきりとわかる。
「ま、一般人は立ち入り禁止にされてるみたいだしねぇ。でも、この付近ならここが一番手強い魔獣が揃ってるからさ」
「た、立ち入り禁止って……入っても大丈夫なんですか!?」
遊撃士を目指す身としては見過ごせない事実にアルシュが慌てるも、シャーリィは「大丈夫大丈夫!」とあっけらかんと笑い飛ばした。
「どうせ誰も来ないし、ここならアタシが『本気』でやっても誰にも文句言われないし、問題ないからね。ほら、行くよー」
「あ、待ってください!」
鼻歌交じりにズンズンと古戦場の奥へと歩いていくシャーリィの背中を、アルシュは慌てて追いかけた。
そして、少し開けた広場のような場所。
そこには、先ほど遠目に見た凶悪な魔獣たちが、何匹も群れを成して集まっていた。
普通の人間なら、足を踏み入れた瞬間にすくみ上がってしまうような異様なプレッシャー。
しかし、シャーリィは魔獣の群れを前にして、ピタリと足を止めた。
肩に担いでいた、彼女の身の丈ほどもある巨大なチェーンソー付きのライフル――愛機『テスタ=ロッサ』をゆっくりと構え直す。
「そんじゃ、ちょっと行ってくるけど」
振り返ったシャーリィの顔には、昨日までの「気のいい姉貴分」の面影は一切なかった。
血の匂いに歓喜する、純粋な戦闘狂(バトルマニア)としての獰猛な笑み。
「アタシの全力……よーく見てなよ?」
そのゾクッとするような凄絶な凄みに。
アルシュは息を呑み、ゴクリと喉を鳴らしてから……コクリ、と力強く頷きを返した。
シャーリィ・オルランド。裏の世界で『血染め(ブラッディ)』の異名で恐れられる、最強の猟兵団の赤髪の戦鬼。
表の世界しか知らないアルシュがその二つ名と本当の意味を知ることはないが――今、彼の目の前で解き放たれたのは、紛れもなくその『本性』だった。
「アァッハッハッハッハ!!」
空気をビリビリと震わせる、戦場の獣のような獰猛な咆哮(ウォークライ)。
それを合図に、シャーリィは身の丈ほどもある巨大なチェーンソー付きライフル『テスタ=ロッサ』を構え、魔獣の群れの中心へと単騎で突撃していった。
「ヒャハッ! 踊れ踊れぇっ!」
走りながら、常人なら腕が吹き飛ぶような反動の大型ライフルを片手でブッパする。
鼓膜を劈く凄まじい銃声と共に、ばら撒かれた重機関銃のような弾幕が、前衛の魔獣たちを容易く蜂の巣にしていく。
しかし、古戦場の瘴気を吸った大型の魔獣たちは、その射撃をものともせずに凶暴な咆牙を剥き出しにして彼女へと突っ込んできた。
「いいねいいね! そう来なくっちゃ!」
シャーリィは歓喜の声を上げ、手元のスイッチを弾いた。
――ギュイイイイィィィンッ!!
けたたましい轟音を立てて、テスタ=ロッサの極悪なチェーンソーが唸りを上げる。
彼女は空中に手榴弾を放り投げ、それをライフルで撃ち抜いて目眩ましの爆炎を発生させると、自らその炎の中へと飛び込んだ。
そして、上段から落下する勢いそのままに、唸りを上げるチェーンソーを大型魔獣の脳天から叩きつける。
「あーっはっはっはっは!!」
肉を断ち、骨を砕き、命をすり潰す凄惨な破砕音。
狂気的な笑い声と共に振るわれる巨大な刃は、頑強な魔獣たちをまるで紙切れのように次々と両断し、周囲に真っ赤な血飛沫を豪雨のように撒き散らしていった。
(……あ、あぁ……っ)
安全圏からその光景を見ていたアルシュは、意図せずブルッと全身を震わせた。
以前、マインツ山道で「手本」として見せてくれた猟兵の動き。あの時の無駄のない洗練された立ち回りすら、今の彼女からすれば『子供相手の優しいお遊戯』に過ぎなかったのだ。
本気の彼女の戦いは、あまりにも凄惨で、圧倒的で、純粋な『暴力の化身』そのものだった。
昨日まで自分に訓練をつけてくれていた時の姿など、彼女の強さのほんの上澄みでしかない。
その絶対的な力の差と、生命を蹂躙する血の匂いに、本能的な恐怖が這い上がってくる。
(でも……見なきゃ。目を逸らしちゃ駄目だ)
アルシュは、ガチガチと震えそうになる自分の両腕を、力一杯反対の手で掴み、無理やりその恐怖を押さえつけた。
瞬きすら惜しむように、目をカッと見開く。
気まぐれで、悪戯好きで。恐ろしくて、理不尽で。
それでも、一緒に笑い合い、僕の覚悟を肯定してくれた、大好きな『シャーリィお姉さん』。
次にあの人に教えてもらえるのが、いつになるのかは分からない。
明日から、あの二人がいない場所で、一人で訓練を続けていくのなら。
彼女の本当の強さを、この理不尽なまでの暴力の術理を、絶対に忘れないように心と瞳の奥底に焼き付けておかなければならない。
(いつか……絶対に、あなたに追いつくために)
アルシュは、自身の恐怖を塗り潰すほどの強い決意を胸に抱きながら。
死地で血を撒き散らし、誰よりも楽しそうに暴れ回る赤髪の猟兵の姿を、ただ静かに、その瞳に焼き付けていた――。