『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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戦士

東クロスベル街道から外れた、人気のない獣道。

分厚い雲から薄暗い光が差し込むその奥まった空き地へと、

巨躯の猟兵――ガレスは、音もなく静かな足取りで足を踏み入れた。

 

彼が、街を守る警察や遊撃士の誰よりも早くこの凄惨な現場へとたどり着いた理由は、極めて単純なものだった。

『赤い星座』として、地下に潜るマフィアの残党たちの不穏な動向を事前に注視し、

彼らが暴走した直後にいち早くその後を追跡していたからに過ぎない。

 

だが、彼がそこで目にしたものは、ただの「マフィア崩れの末路」ではなかった。

 

鼻をつく濃密な血の匂い。

小屋の周囲には、すでに事切れた四人の大人の男(マフィア)たちの死体が転がっている。

そして、そのさらに奥。血の海と化した地面の上に――一人の少年が仰向けに倒れ、

その胸の上で、泣き疲れて体力の限界を迎えたのか、気を失っている緑の髪の少女の姿があった。

 

「…………ッ」

 

ゆっくりと近づき、その少年の顔を視界に収めた瞬間。

歴戦の猟兵であるガレスの厳格な顔に、はっきりとした『動揺』が走った。

 

見知った顔だった。

昨日まで、自身が銃の扱いを教え、不器用ながらも「戦士」として認めた、あの少年だった。

 

ガレスは無言のまま少年の傍らに片膝をつき、その身体に刻まれた凄惨な傷跡を鋭い目で検分した。

銃弾に肉をえぐられた右足。手首から先を叩き切られた右腕。そして、骨まで達している肩口の致命傷。

致命傷どころではない。大人が受けても即死するほどの痛みを伴う傷だ。

 

しかし、周囲に転がるマフィアの死体の状況と、少年の左手にはめられた自身の贈った黒いグローブ、そこに握りこまれたままの敵の拳銃を見て。

ガレスの卓越した猟兵としての頭脳は、たった数秒で『ここで一体何が起きたのか』を完全に把握した。

 

魔法使いでもない、ただの非力な子供が。

自分が教えた『技術』と『知識』、そしてお嬢(シャーリィ)が叩き込んだ『思考』と『覚悟』のすべてを総動員して。

大人四人を相手にするという絶対的な死地の中で、自身の命を代償にして、この少女を最後まで守り抜いたのだ。

 

「……バカ野郎が」

 

誰へともなく、低くしゃがれた声が漏れる。

ふと、ガレスの視線が、少年の足元の泥の中に転がっている小さな物体を捉えた。

 

それは、血まみれになった古い戦術オーブメント。

あのお嬢が、弟分に「お守りだ」と言って押し付けていた、規格外の代物。

最初の二人のマフィアの死因がアーツによるものだと理解していたガレスは、

静かに手を伸ばし、泥と血に塗れたそのオーブメントを拾い上げた。

 

「…………」

 

ガレスは、ギリッと奥歯を鳴らし、苦虫を噛み潰したような、ひどく痛ましい表情を浮かべた。

彼ら猟兵にとって、死は常に隣り合わせの日常だ。理不尽に命が散ることなど、数え切れないほど見てきた。

だが、先日「戦士の顔になった」と褒めてやったばかりの教え子が、

教えられた通りの戦術で命を散らしたという事実は、鋼の精神を持つ巨漢の胸にも、ひどく重く、苦いものを落としていた。

 

遠くから、導力車のサイレンのような音が微かに聞こえ始めていた。

警察か、遊撃士か。いずれにせよ、表の人間が到着する時間だ。

 

ガレスは、血に染まった古いオーブメントを自らの外套のポケットに深くしまい込むと。

命を懸けて少女を守り抜き、『一人の戦士』として立派に死んでいった少年の亡骸に向かって、深く首を垂れ、数秒の黙祷を捧げた。

 

そして、振り返ることなく、足早にその場から立ち去っていった。

警察たちが到着し、血だまりの中で気を失っている少女が保護される、ほんの少し前の出来事だった。

 

 

 

クロスベル市内の高級ホテル。

ガレスが戻ってくるまでの間、ベッドの上で退屈そうにゴロゴロと寝転がっていたシャーリィは、ドアが開く音を聞いてゆっくりと身を起こした。

 

「あーあ、遅いなー。どうだった、ネズミどもの様子は——」

 

軽い調子で口を開きかけた彼女の顔の前に、無言で部屋に入ってきたガレスから、ぽいっと『何か』が放り投げられた。

パシッ、と無意識にそれを受け取ったシャーリィは、掌にべっとりと張り付いた生温かい液体と、強い鉄の匂いに眉をひそめた。

 

それは、見覚えのある古い戦術オーブメント。

つい先日、自分が「お守り代わりだ」と言って、可愛い弟分に無理やり押し付けたものだった。

しかし、今はその元の色が分からないほど、どす黒い血にまみれている。

 

「…………ねえ、ガレス。これ、何?」

 

部屋の空気が、一瞬にして凍りついた。

シャーリィの声音から一切の感情が消え去り、代わりに、

息をするのも苦しくなるような凄絶な『怒気』が膨れ上がっていく。

 

ガレスは重い足取りで部屋の中ほどまで進み、表情を変えないまま、事の顛末を淡々と語り始めた。

 

なんらかの事情でパニックに陥ったと思われる四人の元マフィアが暴走して地上へ這い出てきたという情報が入ったこと。

その動きをいち早く察知し、直接現場である西の空き地へと向かったこと。

 

「……だが、俺が着いた時には、すでにすべてが終わっていた。あの四人のマフィアは全員、死んでいた」

「…………」

「俺も、あそこまであの小僧が戦い抜くとは想像していなかった。現場は凄惨なものだった」

 

ガレスの脳裏に、先ほどの地獄のような光景が蘇る。

血の海に沈む大人の死体。アーツで貫かれた痕跡。首の頸動脈を掻き切られた男。そして、至近距離から腹を撃ち抜かれた最後の男。

 

「お嬢が渡したこのオーブメントの残骸と、現場の状況。そして……奴らに斬り落とされた『小僧の右腕』と、小僧の血まみれの亡骸に縋り付いて気を失っていたあの少女の姿を見て、すべてを理解した。……俺は、このオーブメントだけを回収して、表の連中が来る前にその場を離れた」

 

ピキッ、と。

シャーリィの手の中で、血まみれのオーブメントの装甲が軋む音がした。

 

「――そう」

 

次の瞬間。

爆発のような轟音が部屋に響き渡った。

 

シャーリィが無造作に横薙ぎに放った裏拳が、高級ホテルの分厚い壁を木っ端微塵に粉砕し、壁紙ごと巨大なクレーターを穿っていた。

 

「アハッ……あーっはっはっはっ!」

 

シャーリィは、自らの拳から血が流れるのも意に介さず、乾いた笑い声を上げた。

しかし、その瞳には一切の笑みはない。ただ純粋な、底知れないどす黒い殺意だけが渦巻いていた。

 

「……アタシの可愛い弟分と、随分派手に『遊んで』くれたんだからさ。……きっちり、落とし前はつけないとね」

 

彼女はベッドの脇に立てかけていた愛機『テスタ=ロッサ』を乱暴に引っ掴むと、そのまま部屋のドアへと向かって歩き出した。

しかし、アルシュを殺した実行犯である四人のマフィアは、すでに全員死んでいる。

彼女が今口にした「落とし前」とは、つまり——今回の事件には一切参加していない、

ジオフロントに隠れ潜む『無関係な元マフィアの残党すべて』を皆殺しにするという、理不尽な八つ当たり(虐殺)の宣言に他ならなかった。

 

「……お嬢」

 

ガレスは、その血塗られた背中に出向くまいと、低く重い声で呼び止めた。

これ以上の無意味な騒ぎは、帝国との契約や今後の任務に支障をきたす。部隊長として、あるいは後見人として、彼女の暴走を止めるべき立場だった。

 

ピタリと足を止め、シャーリィがゆっくりと振り返る。

 

「…………何?」

 

ガレスは息を呑んだ。

そこにあったのは、彼が今まで一度も見たことがないほど、冷たく、昏く、絶対的な不機嫌に支配された『血染め(ブラッディ)』の顔だった。

今ここで止めに入れば、自分すらもチェーンソーで切り刻まれかねないほどの、圧倒的な暴力の気配。

 

「…………いや」

 

ガレスは、それ以上何も言えなかった。否、言わなかった。

ただ無言で、部屋から出ていく赤髪の少女の後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 

ガレスは、アルシュの選択を猟兵として尊重していた。

理不尽な死地に立たされながらも、自分たちのシゴキに耐え抜き、教えを完璧に体現して一人の少女を守り抜いた。

彼は間違いなく、立派な『戦士』として戦い、そして死んだのだ。その覚悟と結末を、他人が哀れむべきではない。

 

それでも。

ひび割れたホテルの壁と、部屋に残された濃密な血の匂いを感じながら。

巨漢の猟兵は、自身の胸の奥にどうしようもなく横たわる、決して否定することのできない鉛のような『重さ』を、ただ静かに噛み締めていた。

 

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