『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
その日、クロスベルの地下深くに広がる巨大な空間『ジオフロント』の奥深く。
『血染め(ブラッディ)』の異名を持つ赤髪の猟兵は、有無を言わさぬ凄絶な怒気を纏い、暗い地下道を闊歩していた。
狂気と歓喜に満ち、戦いそのものを楽しむいつもの戦場での彼女ではない。
どこまでも深く、冷たく、そして自分自身でも処理しきれない名状しがたい感情の濁流に呑まれたまま。
彼女はただ機械的に、無慈悲に、ジオフロントに潜伏していたマフィア崩れの残党どもを片付けていく。
命乞いか、それとも罵倒か。恐怖に引き攣った顔で、連中が口々に何かを叫んでいるようだったが、彼女の耳には一切届かない。
胸の奥で燻り続ける真っ黒な感情が、外界のすべての音を完全に遮断していた。
大型のチェーンソー『テスタ=ロッサ』が唸りを上げるたび、命が紙屑のように散っていく。
その日、地下に潜っていたマフィアの残党は、ただの一人残らず鮮血の染みと化した。
血の海と化したジオフロントから地上へと這い上がると、外はひどく強い雨が降っていた。
彼女は傘を差すことも、雨を避けることも厭わず、ずぶ濡れのまま街の路地を歩き出す。
全身に幾重にも浴びたマフィアたちのどす黒い血は、
容赦なく降り注ぐ冷たい雨によって、あっという間に足元へと洗い流されていった。
ふと、彼女は足を止め、分厚い雲に覆われた灰色の空を見上げた。
「……なんだ、雨じゃん」
ポツリと呟いた彼女の瞳から、冷たい雨粒とは違う『何か』が伝い落ちた気がした。
それは、顔を濡らす水滴は雨なのだという、自分自身への言い訳だったのかもしれない。
自分は、死と隣り合わせに生きる猟兵だ。
だからこそ、命を懸けて戦い抜き、一人の少女を守り切った『あの子』の選択を、戦士としての立派な死を、絶対に哀れんだり否定したりはしない。
だから、涙なんて、絶対に流してやらない。
降り頻る雨にすべてを隠すように、空を見上げたまま。
彼女は「アハッ……あーっはっはっはっ!」と、どこか壊れたような、ひどく乾いた笑い声を上げ、
ぐちゃぐちゃになった感情のすべてを虚空へとぶちまけた。
その後。
シャーリィ・オルランドは、エレボニア帝国との契約満了を待たずして、突如としてクロスベルの街を去った。
それが、顔を真っ赤にして自分を「お姉ちゃん」と呼んだ、
あの不器用で健気な少年の喪失に起因するものだったのかどうか。
彼女がそれを誰かの前で口にすることは、この先も二度となかった。