『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
カチャリ、と。
西通りにある法律事務所の一室で、イアン・グリムウッドは静かに導力電話(オーバルギア)の受話器を置いた。
分厚いレンズの眼鏡を外し、疲労の滲む目頭を太い指でゆっくりと揉みほぐす。
窓の外では、クロスベルの夜の闇が静かに横たわっていた。
「……やれやれ。アーネスト前秘書……己の保身のために、ルバーチェの残党を動かして『零の御子』を市外へ連れ出そうとするとは。……予想外の、ひどく愚かなノイズだった」
誰に聞かせるわけでもない、低く嗄れた独白。
特務支援課がアルタイル・ロッジへ突入し、彼を追い詰めているまさにこの裏側で、クロスベル市内に残されたキーアが誘拐されかけていたという事実。
もし、アーネストの目論見通りにキーアがアルタイル市へ連れ去られ、教団残党や共和国の手に渡っていれば。
クロイス家と彼が長年心血を注いできた『計画』の前提は、根本から崩壊していたはずだった。
だが、最悪の事態は防がれた。
警察でも、遊撃士でもなく。たった一人の、十歳の少年の命と引き換えに。
「アルシュ君……アデル君のところの、真っ直ぐで優しい瞳をした男の子」
イアンの脳裏に、街角で見かけたことのある少年の顔が浮かぶ。
日曜学校の帰りに、キーアと笑い合っていた無垢な子供。
報告によれば、少年は大人であるマフィア崩れの武装した男たち四人を相手に、
一歩も退かずに戦い抜き――そして、最後はキーアを庇って凶刃に倒れたという。
「……なんという痛ましく、そして……気高く恐ろしいほどの勇気だろうか。たった十歳の子供が、己の命を投げ打って大切なものを護り抜くなど……」
イアンはギュッと目を閉じ、両手を固く握りしめた。
哀悼。悲哀。そして、クロスベルという歪な都市が、
またしても罪なき子供の血を吸ったことに対する、深くどす黒い絶望。
だが、イアンが再び目を開いた時。
その温和な熊ひげの奥に宿る瞳は、鋼のような冷徹な『意志』を取り戻していた。
「……すまない、アルシュ君。そして……ありがとう。君の気高い献身のおかげで、御子はクロスベルに留まり、すべては予定通りに進む」
イアンは立ち上がり、窓からクロスベルの街並みを見下ろした。
こんな悲劇を、二度と繰り返してはならない。
大切な者を理不尽に奪われる悲しみを、これ以上誰かに味わわせてはならないのだ。
だからこそ、至宝の力でこの歪んだ世界の因果そのものを書き換える必要がある。
「君の勇気と犠牲を、決して無駄にはしない。……このクロスベルの未来は、私が必ず……!」
少年の死という重い十字架をさらに一つ背負い込み。
イアン・グリムウッドは、誰よりも深く悲しみながら、誰よりも冷酷に計画の遂行を心に誓うのだった。
物語的には入れる意味ないんだけど
本編的に見たら今回の事件どうなんだというお話。