『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
アルタイル・ロッジの冷たい夜風が、激闘を終えた一行の熱を奪っていく。
魔人化したアーネストをどうにか打倒し、身柄を拘束したロイドたちは、疲労困憊になりながらもロッジの外へと足を踏み出した。
「はぁっ、はぁっ……。なんとか、なりましたね……」
ノエルが息をつきながら額の汗を拭う。
「ああ。これでクロスベルを脅かしていた不安要素の、大きな一つが片付いたはずだ」
ダドリーもまた、眼鏡を押し上げながら安堵の息を吐いた。
ロイドも、そして助っ人として同行していたアリオスも、一つの事件の幕引きに静かな達成感を抱いていた――その時だった。
ピピピッ、ピピピッ!
ダッドリーの胸元で、クロスベル警察本部からの緊急通信を知らせるエニグマの電子音が鳴り響いた。
「……私だ。アーネストの身柄は確保した。そちらの状況は――」
報告を受け始めたダドリーの顔から、急速に血の気が引いていくのをロイドは見逃さなかった。
常に冷静で厳しいエリート捜査官の目が、信じられないものを見るように見開かれ、エニグマを持つ手が微かに震え始める。
「……なんだと? 馬鹿な、ルバーチェの残党だと!? 西クロスベル街道で……っ!?」
「ダドリー捜査官? どうしたんですか!?」
ただならぬ空気に、ロイドが一歩歩み寄る。
ダドリーはひどく重い動作で通信を切り、まるで亡霊でも見るかのような目でロイドたちを振り返った。
「……クロスベル市内で、事件が起きた。
アーネストの指示で動いていたマフィアの残党4名が……ウルスラ病院へ向かっていた導力バスを襲撃し、乗っていたキーアを誘拐したそうだ」
「なっ……!?」
「キーアが!?」
ロイドの心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる。
自分たちが留守にしている、まさにその隙を突かれたのだ。
「そ、それでキーアちゃんは!? 無事なんですか!?」
ノエルが悲鳴のような声を上げる。
「……ああ。キーアに怪我はない。
犯人のマフィア4名も、西街道を外れた空き地で、すべて死亡しているのが発見されたそうだ」
「よ、よかった……! 警察か遊撃士が間に合ったんですね!」
「違う」
安堵で崩れ落ちそうになったノエルの言葉を、ダドリーの低く、ひどく掠れた声が遮った。
「……犯人たちの死因は、規格外のアーツによる貫通傷と、刃物による頸動脈の切断……そして、至近距離からの拳銃の接射だ。……そして、そのマフィアの死体の中心で。一人の少年が……血の海の中で、倒れていた」
風の音が、遠のいていくような気がした。
「……少年? 倒れていたって……」
ロイドの口から、間の抜けた声が漏れる。
「……右足を銃で撃ち抜かれ。マフィアの山刀で右肩を骨まで叩き割られ……さらに、ナイフを握ったままの右手首を、斬り落とされていたそうだ」
「――っ!?」
「少年は、斬り落とされた腕と肩からの大量出血で……すでに死亡していた。奪ったマフィアの銃を左手に握りしめたまま……背後で気を失っているキーアを、最後まで庇うようにして」
ダッドリーはギリッと奥歯を噛み締め、ひどく残酷な事実を口にした。
「身元は、クロスベル警備隊に所属するアデル隊員の息子。……アルシュ君、十歳だ」
その名前を聞いた瞬間。
ロイドの世界が、完全に真っ白に染まった。
「え……?」
「アルシュ、君が……? 嘘、嘘ですよね……!? 腕を斬り落とされて……!? あんな、あんな小さな子が……マフィアを4人も……っ!?」
ノエルが両手で口を覆い、ボロボロと大粒の涙をこぼし始める。
彼女にとっても、いつも笑顔で挨拶をしてくれる、可愛らしい弟のような存在だった。
「なんで……っ」
ロイドは、その場に膝から崩れ落ちた。
マフィア4人を殺した? あの、キーアと一緒にいつも無邪気に笑っていた、真っ直ぐで優しいアルシュが?
どうして、そんなことになった。どうして、警察(おれたち)がいない間に。
「僕、絶対にキーアちゃんを守ります……!」
出発の直前、自分に向けてくれた、あの少年の真っ直ぐな憧憬の瞳が脳裏にフラッシュバックする。
自分たちがアーネストを追い詰めている裏で。
あの十歳の子供は、大人であるマフィアを相手に四人も倒し。
右足を撃たれ、右腕を斬り飛ばされながらも……一番大切な女の子の盾になって、死んだ。
自分たちが「任せた」せいで。
守るべきだったものを、たった十歳の子供の、生々しい肉体と命と引き換えに守らせてしまった。
「あ、あああ……っ! アルシュ……! アルシュぅぅぅっ!!」
ロイドの絶望に満ちた慟哭が、冷たい夜の闇に響き渡る。
ダッドリーは何も言えず、ただ苦渋に満ちた表情で目を伏せることしかできなかった。
その地獄のような光景から一歩引いた場所で。
『風の剣聖』アリオス・マクレインは、静かに目を閉じていた。
(……アルシュ君)
シズクのお見舞いに来てくれた時の、照れくさそうな笑顔。
キーアやシズクと共に、日だまりの中で遊んでいた無垢な少年の姿が、剣聖の脳裏にも確かに焼き付いていた。
彼のような純粋な光こそが、この街の未来だったはずだ。
(私が……私たちが、アーネストという歯車を見誤ったばかりに。またしても、クロスベルの理不尽な闇が、罪なき子供の未来を無惨に奪い取ったか)
アリオスは、刀の柄に添えた手にギリッと力を込める。
特務支援課の彼らとは違う、深く重い自責と罪悪感。
そして、だからこそ――「この歪んだクロスベルの因果を、『零の至宝』の力で必ず書き換えなければならない」という、イアン・グリムウッドと同じ狂気に満ちた決意が、アリオスの胸の奥でどす黒く固まっていく。
「……すまない、アルシュ君。君の命は、私が必ず……」
誰にも聞こえないほどの小さな声で呟き。
アリオスは、慟哭する若き捜査官たちに背を向けて、冷たい夜空を見上げるのだった
もう少しだけ重い話のターン続きます。ごふ