『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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ウルスラ医科大学にて

聖ウルスラ医科大学病院の、白く無機質な廊下。

 

消毒液の匂いが漂うその空間で、ランディ・オルランドは重い鉛を引きずるような足取りで歩を進め、ある一室のドアの前でピタリと足を止めた。

 

最悪の事態を知り、急ぎクロスベルへと帰還した。

しかし、いざここまで来て、彼には目の前の扉をノックすることができなかった。

かつて猟兵として数え切れないほどの死線を潜り抜けてきたはずの彼の手が、ひどく無様に震えている。

 

(……俺は、どのツラ下げて……)

 

ギリッと歯を食いしばり、意を決して震える拳で扉を叩く。

コンコン、というくぐもった音のあと、ゆっくりと扉が開いた。

 

「……ランディ、君。来てくれたんだね」

 

そこに立っていたのは、警備隊員である父・アデルだった。

いつも快活で頼もしかった彼の顔には、ごっそりと生気を奪われたような疲労の色と、拭いきれない深い涙の跡が刻み込まれていた。

 

「アデル、さん……俺は……っ」

「まあ、入りなさい」

 

言葉を詰まらせるランディを、アデルは静かに部屋の中へと招き入れた。

 

病室のベッドの上。

真っ白なシーツに包まれて、一人の少年が横たわっていた。

包帯で覆われた右肩と、手首から先が失われた右腕の痛々しい膨らみ。

しかし、その顔はひどく安らかで、まるでただ眠っているだけのように見えた。

 

「……アル、坊……っ」

 

ランディの口から、掠れた、呻きのような声が漏れた。

つい先日まで、「ランディさん!」と無邪気に笑いかけてくれていた、自分の可愛い弟分。

その冷たくなった姿を前に、強靭な精神が軋みを上げて崩れそうになる。

 

「すまないね。家内も……かなり限界がきているみたいでね。無理やり、家に押し込んできたんだ。……お茶か何か、淹れようか?」

 

「……すんません、アデルさん」

 

ランディは、耐えきれずにその場にガクンと膝をつき、両手で顔を覆った。

 

「すんません……俺が、俺がこんな半端に、剣なんか教えたから……っ! 戦士(オレたち)の真似事なんかさせたから、あいつは……あいつは死ぬまで戦っちまったんだ……!!」

 

激しい後悔と自責の念が、ランディの口から泥のように溢れ出す。

しかし、アデルは力なく首を横に振った。

 

「……ランディ君。それなら、最初に彼に剣の振り方を教えた、私も同罪だよ」

「アデル、さん……」

「それにね。……できれば私は、彼を誇ってやりたいんだ」

 

アデルは静かにベッドの傍らに腰を下ろすと、眠るアルシュの頭を優しく、愛おしそうに撫でた。

 

「アルシュの顔を見てやってくれ。……どこか、やり遂げたような、誇らしい顔をしているだろう? きっと……辛いだけの思いで、亡くなったんじゃないはずだ」

 

「…………ッ」

 

「この子はね、キーアちゃんが本当に好きだったんだろうね。自分が好きになった女の子を守るために、握ったこともない剣を『教えてくれ』って、私に頭を下げてきてね……」

 

アルシュの柔らかな髪を撫でるアデルの大きな手が、微かに震え始める。

そして、堪えきれなくなった大粒の涙が、ポツリ、ポツリとシーツの上に落ちていった。

 

「……周りの多くの人は、アルシュの行いを『馬鹿げたことだ』『大人の到着を待てばよかったのに』と言うかもしれない。でも、この子は……自分の好きな娘を、自分の命に代えても守るという、自分が一番やりたかったことを……最後まで、やり遂げたんだ」

 

嗚咽を殺しながら、父親は血を吐くような思いで言葉を紡ぐ。

 

「だから……せめて、彼に剣を教えた私たちくらいは。アルシュのやったことを、一人の男としての生き様を……心の底から、誇りに思ってやりたいんだ……」

 

ポロポロと涙を流しながらそう語る父親の姿に。

 

その時、自分がどう答えたのか。どんな言葉を返したのか、ランディは全く覚えていなかった。

気の利いた慰めも、気の利いた謝罪も、今の彼には何一つ紡ぐことができなかったからだ。

 

ただ。

逃げるようにウルスラ病院から外へ出た時。

 

「……っ、あああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

ドンッ!!!

 

ランディは、自分はどうしたらよかったのか。

どうすればあの小さな命を散らさずに済んだのかという、答えの出ない自問自答と、行き場のない強烈な怒りと絶望を乗せて。

 

ウルスラ間道に生える太い木を、自身の拳から血が噴き出すほど、思い切り全力で殴りつけていた。

 

葉が落ちる音だけが、虚しく彼の周囲に響いていた。

 

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