『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
Re:シャーリィ
クロスベル市の裏通り。
特務支援課のメンバーがパトロールの最中、偶然にも『赤い星座』の部隊長であるシャーリィ・オルランドと鉢合わせた時のことだった。
クロスベルに足を踏み入れたその日から、シャーリィはずっと奇妙な感覚を抱えていた。
喉の奥に小さな骨が引っかかっているような。
あるいは、何かとても大切なものをどこかに置き忘れてきてしまったような――ひどく微かで、輪郭のない違和感。
戦場を駆けるにはひたすら邪魔でしかないその「忘れ物」の感覚を無意識に振り払うように、彼女はことさら無邪気に振る舞っていた。
「あははっ! やっぱお兄さんたち、面白いねー!」
獲物を品定めするような残酷な笑みを浮かべながら、シャーリィはロイドたちをからかっていた。
その狂気と暴力の匂いに、特務支援課の面々が警戒を強める中。
ロイドの背中に隠れるようにして、キーアが怯えたような瞳でシャーリィを見つめていた。
「ん……?」
シャーリィの視線が、ふと、その緑の髪の少女を捉えた。
途端に、シャーリィの顔から「へらへらとした笑み」が消え去った。
特務支援課の誰もが愛し、クロスベルの街の住人たちが無条件で庇護欲を掻き立てられる、純真無垢な少女。
しかし、血の匂いだけを嗅いで生きてきた『血染め(ブラッディ)』の野生の勘は、キーアの存在が放つ、決定的な『異質さ』を嗅ぎ取っていた。
(……なんだ、このチビっこ)
シャーリィは、じっとキーアを凝視する。
彼女の周りだけ、空気が違う。
誰もがこの子を好きになるように、世界そのものがこの子を中心に回っているような、気味の悪いほどの『完璧な愛され方』。
それは、硝煙の中でしか生きられないシャーリィにとって、虫酸が走るほど不自然で、ひどく人工的な「作られた平和」の匂いがした。
それに――。
キーアのその、誰かに守られるのが当たり前だというような、純粋で傷ひとつない綺麗な瞳を見た瞬間。
ずっと喉の奥に引っかかっていたあの『小骨』が、唐突にズキリと痛んだ気がした。
(……イライラする)
シャーリィの胸の奥底で、理由のわからない、どす黒く重たい『怒り』と『焦燥感』がドロリと這いずり回る。
なぜか、ひどく理不尽なものを見せられている気がした。
この綺麗な無傷の少女を成立させるために、何か、とても大切な『別の誰かの血と痛み』が、見えないところで無惨に踏みにじられ、無かったことにされているような――そんな、やり場のない憤り。
「……ヒッ……」
シャーリィから無意識に漏れ出した、凄絶でどす黒い殺気。
それに当てられ、キーアは小さな悲鳴を上げてロイドの服をきつく握りしめた。その脳裏に、あの『赤い夢』がフラッシュバックしたのだ。
「おい、シャーリィ! キーアを怯えさせるな!」
ロイドが鋭く前に出て、キーアを庇うように立ち塞がる。ランディもまた、自身の得物に手をかけて険しい顔でかつての家族を睨みつけた。
「…………」
シャーリィは、しばらく無言のまま、ロイドの背中に隠れるキーアを見据えていた。
やがて。
「あーあ。……なんだか、急につまんなくなっちゃった」
彼女はぽりぽりと頭を掻きながら、心底つまらなそうに、そして明確な『嫌悪』を込めて、吐き捨てるように言った。
「アタシ、その子……すっごくキライ。……なんか、見てるだけで反吐が出そう」
「……何だと?」
「ごめんねー、言葉のあやだよ! ただの猟兵の勘ってやつ? アタシの住んでる世界とは、あんまりにも匂いが違いすぎるからさ」
ケラケラと笑い声を上げながら、シャーリィは踵を返した。
特務支援課の面々は、その突然の態度の変化に戸惑いながらも、遠ざかっていく彼女の背中を警戒し続けていた。
「……じゃあね、ランディ兄。また遊んであげるから、せいぜいその『綺麗なお人形』を大事に守ってなよ」
背中越しに冷たい言葉を残し、シャーリィは路地裏の暗がりへと消えていった。
彼女自身、なぜあれほどまでにあの少女に対して「苛立ち」を覚えたのか。
そして、クロスベルに来てからずっと感じている「忘れ物」の正体が何なのか、はっきりとした理由はわかっていなかった。
ただ、ポケットの中に入っている、用途もないのになぜか無意識に持ち歩いている『古い戦術オーブメント』の冷たい感触だけが。
失われた世界で、彼女が「お姉ちゃん」と呼ばせた少年の気高い死を、魂の底から証明し続けていた。