『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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蛇足
目覚め


気づけば、僕は深く冷たい海の底にいた。

 

水ではなく、無数の『0』と『1』の羅列で構成された、果てのない電子の海。

自分が何者なのか、ここがどこなのかもわからないまま、僕はただ思考の残滓として揺蕩っていた。

 

しかし、少しずつ。

欠落していたパズルのピースが埋まるように、あるいはバラバラに砕け散ったガラスが元の形を取り戻すように、『僕』という存在が再構築されていく。

 

僕は……。

 

僕は十歳の時、西クロスベル街道の空き地で、マフィアに右腕を斬り飛ばされながら、あの娘を庇って死んだはずだ。

その肉を斬らせた熱も、奪った銃を接射した時の強烈な反動も、冷たい雨の匂いも、鮮明に覚えている。

 

けれど、同時に演算された別の記憶が脳髄に流れ込んでくる。

僕は二十歳で、クロスベルの街で遊撃士(ブレイサー)をしている。

剣を握り、依頼をこなし、この街で大好きな人達を守るために頑張ってる。

 

交わるはずのない二つの記憶。

 

『死んだ十歳の僕』と、『生きて成長した二十歳の僕』の時間が、急速に混ざり合い、一つの強固な自我として結合していく。

やがて、重い泥を掻き分けるようにして、僕はゆっくりと目を開けた。

 

「――おはよう。自分が何者かわかるかね?」

 

視界が晴れていく。

微かな機械音が鳴り響く、無機質で冷たい施設の一室。培養槽のようなカプセルから身を起こした僕の目の前には、豪奢な白いコートを羽織った一人の男が立っていた。

 

プラチナブロンドの髪に、不敵で、どこか芝居がかった傲慢な笑みを浮かべる男。

かつてクロスベルを支配し、エレボニア帝国にて果てたはずの男――ルーファス・アルバレア。

 

いや、違う。この男が放つひどく無機質で歪んだ気配は、僕の知る(記録にある)彼のものではない。

 

「……随分と、悪趣味な目覚ましだな」

 

僕はカプセルの縁に手をかけ、ひどく掠れた、けれど確かに低く成長した自分の声でそう返した。

失われたはずの右腕も、銃弾に貫かれたはずの右足も、今は十年の歳月を経て逞しく成長した大人の肉体として、確かにそこにあった。

 

「自分が何者か、か。……ご丁寧に二つ分の人生を頭に突っ込まれたせいで、少しばかり二日酔いみたいな気分だけどね」

 

僕はゆっくりと立ち上がり、目の前の『偽物の元総督』を静かに見据えた。

 

十歳の子供のように、恐怖に足がすくむことはない。二十歳になった僕は、遊撃士としての冷静さと、一度命を捨てて戦い抜いたあの日の覚悟を、同時にその胸に宿していた。

 

「僕は、ア……いや、……『グレイ』だ。一応、遊撃士だったはずなんだけどね。」

 

口元に自嘲めいた笑みを浮かべ、僕は心の中で静かに独白する。

 

ああ、わかっている。わかってしまった。

世界が書き換えられたことで、10歳の頃のあの日の僕の死は『無かったこと』になった。

 

現実なのかどうかすらわからない20歳になって生きていたはずの記憶もかなり曖昧だ。

 

それでも、だからといって、僕があの娘に誓った約束が消えるわけじゃない。

 

これは、書き換えられた世界で生き延びてしまった僕の、人生の『蛇足』。

 

そして――あの優しすぎる娘が背負い込んでしまったものを今度こそ本当に救い出すために、運命が僕に与えた、たった一つの『ケジメ』の物語だ。

 




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