『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
スコープのレンズ越しに見下ろす広場では、黒の衛士――あの男の手勢と特務支援課による、激しい戦闘が繰り広げられていた。
エリュシオンという規格外の演算器から、リアルタイムで戦術的バックアップを受けている衛士たちは、個人のスペックを超えた異常なほどの練度を誇っていた。
死角を補い合い、感情を廃した機械のように寸分狂わぬ連携を見せる彼らの動きに、さしもの特務支援課も明確に苦戦を強いられている。
「…………」
僕は、小さく一つ息を吐いた。
あの人たちが苦戦している姿を見るのは、ひどく胸がざわついて、決して気持ちの良いものではない。
そして、これからこの広場で『起こること』を考えると、余計に胃の腑が重くなった。
自分自身がその最悪の凶行に加担しているという事実が、泥のように心にへばりついている。
だが、今はその重苦しい感情は一旦、心の奥底の箱に仕舞い込んだ。
スコープの先で、目的の『演目』が始まろうとしている。あの男に頼まれた、僕の仕事の時間が。
***
歓喜に沸いていたはずのクロスベル再独立の調印式は、わずか数分で絶望のどん底へと変貌していた。
いや、悲鳴すらも上がっていない。
周囲を取り囲む一般市民たちは、突如として現れた黒い軍団と、
かつてこの街を支配した元総督の姿に、逃げ惑うことすら忘れ、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
長年待ち望んだ希望の光が、唐突に現れた理不尽な暴力によってへし折られるという現実を、心が処理しきれていないのだ。
凍りついた群衆の中心で。
特務支援課のロイド、ランディ、そして彼らと共に戦線を支えるワジやリーシャ、ノエルたちが、
血の滲むような警戒心を隠すことなく、優雅に歩みを進めてくる一人の男――ルーファス・アルバレアと対峙していた。
「フフ……『支援課(俺たち)が』、か」
ルーファス・アルバレアと名乗る男は、ロイドが放った言葉を反芻するように口にし、ひどく冷酷で底知れない笑みを浮かべた。
「何がおかしい……!?」
トンファーを構えたまま、ロイドが鋭く睨みつける。
「いや……実に哀れで、滑稽だと思ってね」
ルーファスは、背後で逃げ惑う市民たちと、彼らを必死に庇うロイドたちを、まるで出来の悪い喜劇でも見るかのように冷ややかに見下ろした。
「そんなものに唆(そそのか)され、惑わされてきた民たちも――君たち自身もね」
コツン、コツンと。
優雅な足取りで、男は特務支援課へ向かって歩を進め出す。
その一歩ごとに、広場の空気が凍りつくような重圧が放たれていく。
「ならば、この私が手ずから祓うとしよう」
ルーファスは腰に帯びた黄金の聖剣に手をかけ、ゆっくりと引き抜いた。
白銀の刀身が、不吉な光を反射する。
「長らくこの地にはびこり続けた病――クロスベルの歪みの象徴たる、『特務支援課』という幻想を」
「……ワケのわからねぇことを!」
ランディが重厚な刃を鳴らし、ギリッと奥歯を噛み締める。
周囲に展開していた仲間たちもまた、一斉に武器を構え、その強大な敵意に対して濃密な闘気を練り上げた。
「行くぞっ!」
ロイドの力強い号令が広場に響き渡る。
その声を合図に、クロスベルの希望たる特務支援課と、再独立を蹂躙する黒き総統との、絶望的な戦闘の火蓋が切って落とされた。
そして、そこからの戦闘は、あまりにも『おかしな』ものだった。
ロイドのトンファーが唸りを上げ、ランディのスタンハルバードが剛腕と共に振り下ろされる。
さらに空中の死角からワジの鋭い体術が迫り、リーシャの巨大な斬魔刀が退路を断つ。
前衛4人による、幾多の死線を潜り抜けてきた完璧な同時攻撃。
しかし、優雅に歩を進めるルーファスは、まるで最初から彼らがどう動くかを知り尽くしているかのように
――いや、完全に決められた演劇の台本をなぞるかのように、
半歩の身のこなしですべての攻撃を躱し、いなし、黄金の聖剣で易々と打ち払っていく。
エリュシオンによる未来予測の演算。その絶対的な『解』を脳内に直接インストールされている彼は、支援課の連携すらも児戯のごとくあしらってみせた。
「嘘だろ……」
「あの特務支援課が、まったく相手になってないなんて……!」
異常なその光景に、周囲の市民たちは唖然とし、絶望の声を漏らす。
「くっ、ならアーツで……!」
前衛の防戦一方な状況を打破すべく、後衛に立つティオがエイオンシステムを起動し、強力な高位アーツを放とうと魔導杖を構えた、その瞬間。
――ヒュガッ!!
風を切り裂くような鋭い破裂音が広場に響き、ティオが構えていた魔導杖の先端、アーツを制御するための要のクリスタル部分だけが、寸分の狂いもなく撃ち砕かれた。
「きゃっ……!? 魔導杖が……まさか、狙撃……!?」
驚愕に目を見開くティオと、即座に周囲のビル群へと警戒の視線を向ける特務支援課の面々。
その様子を見て、ルーファスは「ふふふ」と余裕の笑みを深めた。
「私一人でも対処は問題無いだろうとは思うがね。流石にこの人数だ、一人だけ優秀な『助っ人』を頼んでいてね」
そう語りながら、彼は牽制を仕掛けてきた前衛の4人を、まるで何事でもないかのように剣の一振りで圧倒する。
そこからの戦況は、特務支援課にとってまさしく悪夢だった。
エリィが導力銃の引き金を引こうとする一瞬の出端を挫く、手元への狙撃。
ノエルが重火器を構え直す動きを完全に先読みし、足元の石畳を穿つ威嚇射撃。
後衛のアーツや支援を妨害するだけでなく、相手が「次にどう動くか」という出だしのコンマ数秒を完璧に潰し、
特務支援課の陣形を好きにさせない恐ろしい狙撃が、遥か上空から降り注ぎ続けたのだ。
それは、殺意が一切ないからこそ、闘気で感知することすら難しい『純粋な技術と演算の暴力』だった。
「――ここまでだ」
完全に支援を分断された前衛4人に対し、ルーファスは冷酷に告げる。
白銀のオーラを纏った聖剣が、円を描くように薙ぎ払われた。
「がはっ……!」
「うあぁぁっ……!」
圧倒的な闘気の暴風がロイドたち4人を切り飛ばし、冷たい石畳へと激しく叩きつけた。
勝負は決していた。クロスベルの希望である特務支援課は、あまりにもあっけなく敗れ去ったのだ。
***
一人、ビルの屋上で、僕はその地獄のような惨状を静かに見下ろしていた。
「…………」
頼まれた『後衛の無力化』という仕事は終わった。
銃身が焼け焦げるほど熱を持った導力ライフルのスコープから目を離し、
僕は傍らに置いていた小型の望遠鏡へと目を移す。
眼下の広場では、満身創痍で膝をつくロイドさんたちを、黒の衛士隊が包囲しようとしていた。そしてその奥で、絶望に顔を歪めるキーアの姿が見える。
胸の奥が、ギリリと締め付けられるように痛んだ。
僕自身の手で、彼らの希望をへし折ったのだ。その事実は、どんな言い訳をしたところで覆らない。
これから下で始まるのは、あの男がクロスベルの『統一国総統』を名乗り、この街の自由を再び奪い去るという、クソッタレで悪趣味極まりない出来事だ。
原作部分どうするかなーと考えながら書いてるので毎日はむずかしいかも