『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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悪夢の始まり②

広場を包んでいたのは、悲鳴すら上がらない冷え切った沈黙だった。

 

圧倒的な実力差の前に膝をつき、それでも不屈の闘志で再び立ち上がろうとしたロイド・バニングス。

しかし、その必死の足掻きも、ルーファスが冷酷に振り下ろした黄金の剣によって完全に打ち砕かれ、決定的な引導を渡された。

 

クロスベルの民衆にとって、それは世界の終わりを見るような光景だった。

自分たちの英雄が、希望の象徴が、手も足も出ずに蹂躙されたという現実が、

人々の心に真っ黒な絶望を植え付けていく。

 

もはやクロスベルに特務支援課。いや、警察や警備隊すら必要ないと。

倒れ伏すロイドたちを一瞥すらせず、ルーファス・アルバレアは広場全体へと響き渡る声で、傲慢な演説を始めた。

これからは、自分たちと『黒の衛士』がこの街の新たな秩序となると宣言し、背後から新たな協力者たちを呼び込む。

 

歩み出てきたのは、クロスベルの市民なら誰もが目を疑う面々だった。

かつてこの街の裏社会を牛耳ったルバーチェ商会の若頭、ガルシア・ロッシ。

そして、クロスベル独立国事件の首謀者として逮捕・収監されていたはずの元大統領、ディーター・クロイス。

さらには、目を射るような黄金の鎧で身を固めた傲岸不遜な男と、

顔を隠すように紫色の衣を纏い、妖艶な気配を放つ舞姫の姿まであった。

 

彼らがルーファスの両脇に並び立ったその瞬間。

広場の周囲の空間が不自然に揺らぎ、巨大な鋼の影が次々と実体化した。

 

光学迷彩を解いて現れたのは、禍々しいオーラを放つ『魔煌機兵』の群れ。

それらは、広場に集まった民衆を誰一人として逃がさないという明確な意思を示すかのように、退路を完全に塞いでいた。

 

 

――僕は、離れたビルの屋上から望遠鏡越しに、その狂った舞台を眺めていた。

 

あの男が事前に用意していた、他の協力者たち。

元大統領のディーター・クロイスや、ルバーチェの若頭ガルシアに関しては、

僕の頭の中に演算された記憶の情報とも一致している。

特に「ルバーチェの残党」という響きに対しては、十歳の僕が右腕と引き換えに殺し合った相手という因縁もあり、

胃の奥がチリチリと焼けるようなひどく複雑な感情が湧き上がってくる。

 

だが、問題は他の二人だ。

あの黄金の鎧の男と、紫の衣を纏った舞姫。

彼らに関する情報は、僕の曖昧な記憶の糸をどれだけ手繰り寄せても、一切引っかからなかった。

うろ覚えの記憶にどこまで信頼を置いていいものか悩むところだが、

おそらく、かつての演算の中の僕とは一切関わりがなかった人たちなのだろう。

 

だが、僕の思考を何よりも乱したのは、得体の知れない協力者たちよりも、広場を包囲する『魔煌機兵』の姿だった。

 

あの男の説明によれば、エリュシオンが演算した未来で設計・製造されることになる機体だという。

 

……本当にそうなのか?

 

うろ覚えの記憶に頼るのも危険だが、あの禍々しい装甲を見るたび、

僕の脳内で強烈な違和感が警鐘を鳴らすのだ。

僕の知る『未来の機兵』は、あんなものじゃない。もっと流線型で、洗練された未来的なデザインをしていたはずだ。

 

そう……たしか、『アサルト――』

 

そこまで意識を向け、その単語の輪郭をすくい上げようとした瞬間。

脳内のヴィジョンは不快なノイズと共に掻き消され、霧散してしまった。

記憶の欠落。だが、得体の知れない強烈な違和感だけが、鉛のように胃の底に居座り続けている。

 

眼下の舞台では、元総督ルーファス・アルバレアが演説のトーンを上げていた。

このクロスベルを始まりの地とし、ゼムリア全土を飲み込む『統一国』を建国するという、荒唐無稽で狂気に満ちた宣言。

しかし、それが単なる虚言で終わらない。

あの男の底知れぬカリスマか、あるいは何かしらの精神干渉(魔力)が働いているのか。

呆然としていたはずの市民の中から熱に浮かされたような声が上がり始め、それは波紋のように周囲へと伝播していく。

 

「ルーファス! ルーファス……!!」

 

それは間違いなく、あの侵略者を『統一国総統』として熱狂的に迎え入れる、狂乱の合唱だった。

 

酷くおぞましく、悪趣味な光景だ。吐き気すら覚える。

だが……それと同時に、どこかで腑に落ちてしまう冷めた自分もいた。

 

二つの大国に長年翻弄され続けてきたこの街の人間は、根本的な帰属心や、

「自らの足で立つ」という国家としての覚悟が、どうしても希薄になりがちだ。

自分たちではどうにもならない巨大な理不尽を前にした時、彼らは強い「個」――絶対的なヒーローにすべてを押し付け、依存してしまう心根がある。

かつての『風の剣聖』がそうであり、そして今倒れ伏している『特務支援課』がそうであったように。

 

だからこそ、これは呪われたクロスベルという都市が、英雄という幻想から脱却し、

真の意味で自立するために必要な『通過儀礼』なのだ。僕はそう信じることにした。

 

望遠鏡から見る景色の端で、熱狂する群衆の中に混じり、虚ろな瞳であの男を礼賛している『少年時代の僕』と、父さん、母さんの姿を見つけてしまったとしても。

 

特務支援課と、正気を取り戻したこの街の人々が、今度こそ自分たち自身の力で立ち上がってくれると信じて。

 

その僕の祈りを証明するかのように。

狂騒の広場の片隅で、まだ正気を保っていた一部の者たちが密かに動き出し、

黒の衛士の包囲を掻い潜って特務支援課を離脱させようとする姿が見えた。

 

だが――次の瞬間だった。

 

望遠鏡の視界の端、熱狂に浮かされ波打つ民衆のうねりの中で。

エリィさんに手を引かれようとしていたはずの彼女――キーアの小さな姿が、濁流に呑まれるようにフッと掻き消えた。

 

「――っ!?」

 

レンズ越しに、エリィさんが血相を変え、焦燥に顔を歪めて必死に周囲を探し回る姿が見える。

衛士たちの包囲網が狭まり、混乱の度合いが増していく広場。そのどこにも、あの緑色の髪は見当たらない。

 

ドクン、と。

胸の奥で、心臓が痛いほど大きな鼓動を鳴らした。

 

(ダメだ――)

 

エリュシオンの演算がどうとか。大いなる通過儀礼がどうとか。

そんな御大層な名目も、あの男と交わした契約の建前も、頭の中から綺麗に吹き飛んでいた。

 

気付けば、僕は望遠鏡を放り捨て、ビルの屋上を弾かれたように走り出していた。

冷たい大人の理屈なんて知ったことか。思考が追いつくよりも早く、二十歳に成長したはずの肉体が無意識に駆動している。

 

絶対に守ると誓った。

僕の血と肉と命に代えてでも、彼女の未来だけは守り抜くと決めたんだ。

 

ただ、あの日の自分に――血まみれになりながらも彼女の盾になった『十歳の僕』に急かされるように。

僕は導力ライフルをその場に置き去りにして、クロスベルの街へと身を躍らせた。

 

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