【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
夜の帳が下りた、クロスベル市。
人通りの絶えた裏通り。少しだけ開けたその一角に、規則正しい風切り音だけが、ぴたり、ぴたりと響いていた。
「ふっ……! やあっ!」
すっかりアルシュの日課になった、素振りだ。
ティオが一時的に戻ってきていた、あの日から数日。
彼は毎晩、夕食を終えるとこの場所へ足を運び、飽きることなく木剣を振り続けていた。
ランディに教わった、踵で地面を掴む感覚。そして、力の逃がし方。
――それは本来、警備隊の正式な剣術なんかではない。
無駄をとことん削ぎ落とし、最短距離で、確実に標的を破壊するためだけの動き。
アルシュ自身もまだ気づいていない、《赤い星座》の――殺戮の流儀。
けれど、そんなことは露ほども知らないアルシュは、ただ純粋に「守れる男になりたい」という一心で、その危うい剣筋を、必死に身体へ刻みつけようと反復を繰り返していた。
「――へぇ……。なかなかいい筋、してるじゃん。そこのボク」
不意に、背後から声がかかった。アルシュは弾かれたように振り返る。
そこに立っていたのは、街灯の薄暗い光の中でさえ、燃えるように目を引く鮮やかな赤髪の――少女。いや、女性だった。
年の頃は、アルシュより少し上、くらいだろうか。けれど、その身にまとう空気は、これまで出会ってきたどんな大人とも、まるで違っていた。
傍らには、大柄で、岩みたいに無口な男を一人、供として従えている。
彼女の瞳は――まるで、とびきり面白い玩具を見つけた肉食獣みたいに、爛々と輝いていた。
「その剣筋さ。すっごく、見覚えがあるんだけど。……ねえ、誰に教わったの?」
飄々とした、それでいて、聞いているだけで背筋がぞくりと粟立つような声音。
突然のことに戸惑いながらも、アルシュは木剣を下げ、まっすぐに答えた。
「……父さんと。それから、ランディさん、です」
『ランディ』。
その名前が出た、瞬間だった。
赤髪の女性は、ぱちくりと目を丸くして――次の刹那、腹を抱えて、路地裏じゅうに響き渡るような大声で笑い出した。
「アハハハハハッ! やっぱりそうだ! ランディ兄のやつ、こんなとこで一体なにやってんのさ! あーおかしい。あんなに逃げ回ってたクセに、子供にまで『これ』を教えちゃうなんてさぁ……面白すぎるんだけど!」
「え……?」
ランディを、知っている? それも――「兄」と、呼んで?
アルシュがわけもわからず呆然と立ち尽くしていると、ひとしきり笑い転げた彼女は、ふっと笑いを止めた。
そして、音もなく、するりとアルシュの目の前まで距離を詰めてくる。
「ひっ……」
思わず後ずさりしそうになるのを、アルシュは必死に足を踏ん張って堪えた。
彼女の視線が、アルシュの上を滑る。
足の運びから、額に浮かんだ汗、それから――木剣を強く握りしめすぎてできた、手のひらのマメまで。
値踏みするように、じっとりと舐め回すように。
まるで、自分の牙が通る獲物かどうかを、見極めるみたいに。
やがて彼女は、ぱっと花が咲いたような、無邪気で――それでいて、ぞっとするほど凶悪な笑みを浮かべた。
「ねえ、ボク。よかったらさ。お姉さんが、剣を教えてあげよっか?」