『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
「おおおおおッ!!」
獣のような咆哮と共に、ガルシア・ロッシがその巨躯を弾丸のようにして突撃してくる。
丸太のような豪腕から繰り出される、必殺の猛撃。
僕は両手に構えた二振りの特殊警棒(トンファー)をクロスするように重ね、その圧倒的な質量と破壊力を正面から受け止めた。
「ぐっ……!」
靴底が地下のコンクリを削りながら滑る。幾度となく対人戦で使い込んできたトンファーの堅牢さがなければ、腕の骨ごと砕かれていたかもしれない。
「ハッ! ……あいつを思い出す構えだな」
力比べのように押し合いながら、ガルシアはロイドを思い起こしたのか、どこか含みのある獰猛な笑みを浮かべた。
そして、すぐさま体を離すと、さらに闘気を練り上げてこちらを睨みつける。
「まあいい。……続けるぞ」
――事の発端は、キーアと二人でラウンジにいた数十分前に遡る。
唐突に現れたガルシアは、僕に向かって「少し身体の慣らしに付き合え」と要求してきたのだ。
理由は単純。長らくノックス拘置所にブチ込まれていたせいで、ひどく身体が鈍っているからだという。
「誘うなら、他にいくらでもいるだろう」
僕は言外に、そこら中を警備している黒の衛士の誰かを捕まえればいいだろうと返した。
だが、ガルシアはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「あんなマトモじゃない奴らを相手にしても仕方ねぇだろう。俺は機械を殴る趣味はねぇんだよ」
自分で手駒にしておいて、なんて物言いだ。
ガルシア・ロッシは今の『統一国』において、黒の衛士に指示を出す現場責任者のような立場のはずだ。
だと言うのに、この自軍に対する冷めた態度には呆れそうになる。
だが……いや、でも僕もこの複雑な感情を今のうちに片付けておかないと、まずいか。
僕は静かに、目の前の巨漢を見据えた。
かつて僕が死ぬ原因になったマフィア、ルバーチェ商会。
その若頭だった男。
もちろん、収監されていた彼に何らかの因縁があったわけではないし、直接僕に手を下したわけでもない。
頭ではわかっている。
けれど、そう簡単に割り切れるものでもなく、事実、僕は彼に対して自分でもよくわからない感情を抱いていた。
(なら……一発くらい、殴らせてもらおうか)
「……わかった。付き合うよ」
僕が短く応じると、不意に、背中に隠れていたキーアが僕のコートの裾をくいっと引っ張った。
「あの……キーアも、見てていい?」
心配そうな、けれどどこか興味を惹かれているような瞳。
僕がどう答えるか迷っていると、ガルシアが「カッカッカ」と豪快に笑った。
「好きにしな。嬢ちゃんも、こんな物騒な連中に囲まれて退屈してたところだろう」
当の相手にそう言われてしまえば、僕としてはもう断りようがなかった。
結局、僕は彼女を伴って倉庫で得物を調達し、ガルシアの案内でこの地下駐車場へとってきたのだった。
僕が得物として選んだ特殊警棒(トンファー)は、取り回しに易く、防御に優れている。
遊撃士時代、都市内での護衛や、対人の諍いなんかに発展する際なんか場合に好んで使っていたものだ。
ロイドさんにたまに仕込んでもらっていたもので、ガルシアが「あいつを思い出す」と笑うのも当然だった。
少し、それが誇らしくもあるが。
「どうした仮面! 防いでばっかりじゃあ、一発も当たらねぇぞ!」
怒号のようなガルシアの挑発と共に、岩塊を思わせる重厚な蹴りが飛んでくる。
両腕のトンファーで辛うじて受け流したものの、その凄まじい衝撃に僕のガードは激しく揺さぶられた。
(……これで「身体が鈍っている」なんて、冗談だろう)
ビリビリと痺れる腕の感覚に、僕は内心で呆れ半分、驚き半分の息を吐く。
まともに正面から打ち合えば、膂力で押し潰されるのは明白だ。
僕は次々と繰り出される嵐のような猛攻を冷静に捌きながら、この規格外の巨漢に対してどうやって手痛い『一発』を叩き込むか、頭の中で静かに戦術を練り始めた。