『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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ガルシア②

戦い方をどうするかという問題だけじゃない。

僕には、もう一つ乗り越えておくべき個人的な課題があった。

 

(……エリュシオンに演算された『二十歳の記憶』のスペックよりも、今の僕の肉体は明確に強くなっている)

 

シミュラクラという紛い物の器としての特別製(スペック)ゆえか、あるいは別の要因か。

ともかく、僕はまだこの向上しすぎた自分自身の身体能力に、わずかに振り回されている感覚があった。

だからこそ、この手合わせは僕自身が今の身体を完全に掌握し、

感覚をチューニングするために、明確に乗り越えておかなければならない壁だった。

 

思考を切り上げ、目の前のガルシアへと意識を戻す。

 

(――やれることから、やっていくか)

 

短く息を吐き、一つ、鋭いステップを踏む。

そこから一気にガルシアの懐、相手の息遣いが聞こえるほどのゼロ距離まで飛び込み、

特殊警棒を握り直して怒涛の打撃を叩き込んだ。

 

変わったのは、防御主体から攻撃主体へとスイッチした、ただそれだけだ。

だが、緻密な足さばきと立ち回り、見切りと捌きを駆使して相手と直接殴り合うこの攻防

――インファイターとしての戦い方の方が、個人的な性には合っている。

 

それはきっと、十歳のあの頃。

あの人――『お姉ちゃん(シャーリィ)』に叩き込まれた、

死線に立つための理不尽な覚悟が、僕の魂の根底にこびりついているからだと思う。

それに、そこからの十年の演算世界で血の滲むような思いをして学んできた数多の技術も、

確かに僕の血肉になっているのだ。

 

「シッ……!」

 

ガードを固める巨漢に対し、トンファーの連撃を囮にして意識を下へ向けさせる。

 

一瞬、顎への道が開いた。

 

その隙を逃さず、死角から強烈な勢いで顎を撃ち抜く蹴り上げを放つ。

 

しかし――手応えは空を切った。

 

ギリギリのところで、ガルシアは首を逸らすような最小限のスウェーで致死の軌道を回避していた。

巨体に似合わぬ、恐るべき反射神経だ。

 

「ハハッ!」

 

空を切った僕のつま先を躱しながら、ガルシアは心底楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「ただの『あいつ』のファンボーイかと思えば……獰猛で悪くねぇ立ち回りもするじゃねぇか」

 

どこか好感すら覚えているような、強者の余裕を漂わせる評価。

ガルシアはくいっと顎をしゃくり、もっと来いとばかりに僕を誘い込んでくる。

 

思わず、仮面の下で僕もつられて笑ってしまった。

僕自身のトラウマや、この街の複雑な事情。

そんなものは全部吹っ飛んで、正直、そこからはもう純粋に殴り合うことが楽しくなっていた。

 

(絶対にこのおっさんに一発、手痛いヤツを入れてやる……!)

 

手を変え、品を変え、二十年分の手札を切り切りながら巨漢の猛攻を躱し、立ち回る。

 

そして、その瞬間は訪れた。

攻防の最中、ガルシアが気迫で相手を圧する傭兵の流儀

――『ウォークライ』の咆哮を轟かせた時のことだ。

 

その肌を刺すような重圧に対し、僕も反射的に己の闘気を爆発させた。

 

「オオォォォッ!!」

 

猟兵ではないから、『バトルクライ』とでも呼ぶべきか。

獣の咆哮を響かせ、眼の奥を高揚の熱で染め上げる。

遊撃士らしくない、まるで死地を求める傭兵のような僕の咆哮に、

さすがに予想外だったのか、ガルシアの動きが一瞬だけ、

ほんのコンマ数秒だけ驚きで止まった。

 

(――今だ)

 

僕はその一瞬の隙を見逃さず、左手の特殊警棒を即座に手放した。

サイドアームとして常に腰に提げている、もう一つの得物。

飽きるほど訓練を積んだ一瞬の早業で、導力銃(オーバルガン)を抜き放つ。

ゼロ距離で、しかも格闘の最中に突如として銃口を突きつけられたこと。

これには流石の彼も驚きを禁じ得なかったのか、明確に防御の反応が遅れた。

 

僕は躊躇なく引き金を引く。

 

だが、狙ったのは肉体ではない。

ガルシアの眼前の虚空へ向けて、目眩ましと威嚇の銃撃を撃ち放ったのだ。

 

「なっ……!?」

 

銃声と閃光に完全に彼の対処を遅らせたまま、僕はがら空きになった強靭な胸板に向け、

ありったけの力と体重を乗せて、利き腕のトンファーを叩き込んだ。

 

「ごふっ……!!」

 

鈍い打撃音が地下室に響き、丸太のような巨体が後ろへと大きく倒れ込む。

ドスーン、と地下の床を揺らして仰向けに倒れ込んだ彼は、

しかし、数秒もしないうちに腹を抱えて愉快そうに笑い出した。

 

「ハッハッハッ! スパーリング中に銃を抜きやがって……この詐欺野郎が。てめぇのどこが『元・遊撃士』だ!」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ。……こちとら、手段を選んでられるほど才能に恵まれちゃいなかったんでね」

 

僕は銃をホルスターに収めながら、軽く肩をすくめて返した。

 

「けっ」と短く吐き捨てながら身を起こしたガルシアは、僕を見る目を少しだけ変えていた。

 

「……が、まあ、なんとなくわかったぜ」

 

それは明らかに、身体の慣らしなどではなく、

僕という素性の知れない仮面の男の『実力』と『腹の底』を値踏みするための手合わせだったことを匂わせる言葉だった

 

正直なところ、僕の方も子供時代の割り切れない感情がなかったわけではない。

けれど、本気で殴り合っているうちに普通に楽しくなってしまい、そんなドロドロした因縁はどうでもよくなっていた。

 

拳を交えたからこそ、はっきりと確信できる。

この男は、あの偽物のルーファス・アルバレアが語る狂った大望に、これっぽっちも共鳴などしていない。

彼には彼なりの、この絶望的な盤面で泥を被る理由がある。

 

それはきっと、僕が抱えている『ケジメ』と同じように、ひどく不器用で真っ直ぐなものなのだろう。

明確に言葉にしなくとも、僕と彼は、お互いの立ち位置と『同じ方向を向いていること』を、痛いほど理解し合っていた。

荒い息を整えながら、僕はラウンジの隅でこの戦いを見守っていた彼女の方へと視線を向けた。

 

***

 

壁際でじっと息を潜めていたキーアは、二人の『訓練』という名の凄まじい殴り合いを、瞬きもせずに見つめていた。

助けてくれたあの仮面の男の人は、

最初はロイドと同じ武器を使って、ロイドみたいにどっしりと相手の攻撃を受け止める戦い方をしていた。

 

でも、途中で戦い方を変えたと思ったら……

それはもう、ロイドのような堅実な動きではなくて。流麗な足さばきで相手の攻撃を見切り、

ギリギリで躱して懐へと飛び込んでいくそのインファイトは、どこかワジの体術に近いものを感じさせた。

 

彼は、とても強かった。

あの恐ろしい巨体のガルシアを相手に一歩も引かず、

最後には見事に打ち倒してしまったのだから。

 

(……だけど)

 

どうしてだろう。

彼の強くて、洗練された戦い方を見ていると、キーアの胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように悲しくなるのは。

 

それは単に、彼が危険な戦いをしているからではない。

仮面の向こう側から滲み出る彼の『立ち回り』そのものが、

なぜかキーアの魂の一番深いところにある、自分しか知らないはずの古い傷跡を、

容赦なく抉ってくるような感覚がしたのだ。

 

――理由なんて、わからない。

 

ただ、キーアはその場で自分の胸元の服をきつく握りしめながら、泣き出しそうなほど悲しくて、

ひどく懐かしいような痛みに、ただ静かに耐えていた

 

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