『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
クロスベル市からウルスラ医科大学へと続く、整備された長大な地下路線。
現在は統一国による都市封鎖の余波で完全に運休となっており、静まり返った暗いトンネルの中を、二つの影が猛スピードで駆け抜けていた。
一人は、身の丈ほどもある巨大な剣を背負ったリベール出身のA級遊撃士、アガット・クロスナー。
もう一人は、自作の重装甲搭乗兵器『オーバルギア』に乗り込んだ天才少女、ティータ・ラッセルだ。
「ティータ、大丈夫か!」
「はい、大丈夫です!」
アガットの呼びかけに、ティータがコックピットから力強く応じる。
「よし、このまま病院まで抜けるぞ!」
アガットがそう叫んで前を向いた、その直後だった。
背後の暗闇から、鋭い銃撃が二人の背中を狙って放たれた。
「ちぃっ……!」
咄嗟の判断で、アガットは背に負った大剣を抜き放ち、それを盾代わりにしてティータを庇う。
火花が散り、重い衝撃が腕に走った。
(追手か……!)
薄暗い視界の先には、かろうじて動く人影が見える。
アガットは迎撃よりも離脱を優先し、ティータに急ぐよう促して地下路線をさらに奥へと駆け抜けた。
背後からの射撃を大剣で弾き、掻い潜りながら、他ルートと繋がる分岐点付近まで差し掛かった時だ。
――不自然に空間が揺らいだ。
アガットたちの目の前に、ステルス状態(光学迷彩)で潜んでいたのか、
見慣れぬ形状の浮遊する機械兵器が突如として姿を現したのだ。
それは無機質な駆動音と共に、二人に対して容赦のない弾幕をばら撒いてきた。
「くそっ、次から次へと!」
二人はそれぞれ大剣と装甲でその弾幕を防ぐ。
アガットは即座に反撃に転じ、地を蹴って一気に懐へと飛び込むと、渾身の力で大剣を叩きつけようとした。
だが――。
まるで、アガットがそう動くことを完全に『読んでいた』かのように。
機械兵器は飛び込まれるコンマ数秒前に、滑るような機動で距離を取り、大剣の致死の軌道を完璧に回避してみせた。
「あぁ……?」
想定していなかった異様な回避挙動に、百戦錬磨のアガットですら、一瞬だけ動きが止まる。
そして、その絶好のタイミングを図っていたかのように。
暗がりから、一人の追跡者が姿を現した。
片手で戦術オーブメントと思われる端末を操作し、
もう片方の手で導力銃(オーバルガン)をこちらに真っ直ぐ向けている、顔の下半分を仮面で隠したコート姿の男。
「ティータ・ラッセルさんに、アガット・クロスナーさんですね」
男は、息一つ乱れていない平坦な声で口を開いた。
「手荒な真似はいたしません。どうか、街に戻っていただけませんか」
「……銃を構えながら言うセリフじゃねえな」
アガットが低く唸るように返すと、仮面の男は「ふふ」と小さく苦笑を漏らした。
「その通りですね。……ですが、大人しく戻っていただけるなら、エリカ博士のこともこちらで最大限に配慮させていただきますよ」
「お母さん……っ!」
遠く離れた母の名を出され、ティータが悲痛な声を上げる。
「てめぇ……ふざけんじゃねぇぞ!」
家族を交渉材料に使うようなやり口に、アガットは激しい怒りを爆発させ、男に向けて大剣を構え直した。
「アガットさん、わたしも――!」
ティータがオーバルギアを駆動させ、アガットの援護に入ろうと動き出した、まさにその瞬間だった。
仮面の男は、アガットから視線を一切外すことなく。
ノータイムで、手に持った導力銃の銃口だけを僅かに逸らし、ティータの機体に向けて数発の射撃を放ったのだ。
「――っ!?」
あまりに自然で、殺気すら伴わない流れるような動作。
一瞬だけ反応が遅れたアガットだったが、無理やり身体をねじ込み、大剣の腹でティータへの射撃を強引に弾き落とした。
「できれば、動かないでもらえますか」
仮面の男は、銃口から白煙を燻らせながら静かに言った。
「……それ(オーバルギア)の相手は、僕もかなりキツそうなので」
(……こいつ)
アガットの背筋に冷たい汗が伝う。
今の射線、明らかに生身のティータには当たらないよう、
機体の足元や装甲の厚い部分を狙った『牽制』だった。
だが同時に、この男はティータが少しでも加勢に動けば、
躊躇なく急所を狙ってくる冷徹さを持っていると確信させた。
「ティータ。……お前は手ェ出すな」
アガットは低い声でティータに言い含めると、彼女を背に庇うようにして、再び仮面の男の前に立った。
男もまた、その凄まじい闘気を受け止めるように、オーブメントを懐にしまい込んだ。
そして代わりに、刃こぼれを誘う特殊な短剣『ソードブレイカー』を抜き放ち、
導力銃と交差させるようにして、アガットの構えにピタリと合わせたのだった。