『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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地下道②

(……おかしな野郎だ)

 

大剣を構え直しながら、俺――アガット・クロスナーは目の前の仮面の男を鋭く睨みつけた。

 

ここまで来る途中にのしてきた『黒の衛士』どもとは、明らかに異質だった。

あいつらは機械的な精密さで、こちらに対して最適な行動をとろうとしてくる不気味さがあったが、こいつはどうだ。

 

踏み込み一つで、重剣にとって一番嫌な死角と間合いに入り込んでくる。

足捌きでこちらの大振りを回避したかと思えば、俺が次の払いの一撃に移行するのを完全に分かっていたかのように、

さらに距離を詰めて間合いそのものを潰してくるのだ。

鬱陶しさに舌打ちし、こいつに強引に身体を当てて吹き飛ばし、距離を作って次の攻撃の起点を作ろうとする――だが、

まさにその『呼吸の隙間』を縫うように導力銃の銃撃が飛んきて、完璧にこちらのタイミングが潰されてしまう。

 

動きが読まれている。いや、それだけじゃない。

 

俺の剣の踏み込み、呼吸、手癖までもが完全に知られている。

それは事前のデータとして知識に詰め込まれたような浅いものではなく、幾度も俺と刃を交え、身体に染み付いている者特有の先読みの動きだった。

 

「てめぇ……何者だ」

 

顔を隠し、一切の感情が窺えない男に向かって、俺は低く唸るように尋ねた。

男は素性には答えず、ただ淡々とした声で返す。

 

「アガット・クロスナーさん。リベールの遊撃士の中でも、貴方は有名ですから」

 

「けっ。名前と顔が知られてるだけで、ここまで俺の手癖や呼吸まで把握されてるわけがねぇだろうが」

 

はぐらかすような答えに鼻を鳴らす。

 

小細工でどうにかなる相手じゃない。なら、力と気迫でその理屈ごと叩き潰すまでだ。

 

「オオォォォォッ!!」

 

気合を入れるように吠え猛り、俺は重剣を大上段に構え、相手の懐へと一直線に飛び込んだ。

俺の代名詞とも言える大技、『ドラゴンダイブ』の要領で、渾身の力と体重を乗せて叩きつける必殺の一撃。

 

だが、男もまた仮面の下で空気を一変させた。

 

「――オォォォッ!!」

 

それは、戦場の傭兵が放つような『バトルクライ(戦意高揚の咆哮)』。

先ほどまでの冷静な立ち回り以上の、異常な反応速度。

あろうことか、男は俺の叩きつけを躱すのではなく、

こちら側に向かって猛烈な勢いで突っ込んできたのだ。

 

「なっ……!?」

 

振り下ろされる剣が最高速に達するその一瞬前。

男は俺の剣を握る手首に向かって、強烈な蹴り込みを放った。

 

「ガッ……!」

 

衝撃で腕が痺れ、剣の握りがわずかに浅くなる。

男はそのまま動きを止めず、振り下ろされてくる巨大な刃の『根元』――一番威力が乗らない鍔元に近い位置に、手にしたソードブレイカーの刃をガキリと引っ掛けた。

 

本来なら、俺の重剣の質量と勢いに小刀が勝てるはずなどない。

だが、蹴りによって握りが浅くなっていたこと。

そして、根元に刃を引っ掛けたまま、男が自身の身体を捻るようにして剣の腹に強力な体当たりを叩き込んだことで、大剣の致死の軌道は強引に横へと逸らされてしまった。

 

ズガァァァンッ!!

 

空を割った重剣が地下の石畳を砕き割る。

男もその凄まじい衝撃を殺しきれず、コートの肩口を裂かれていたが、直撃には程遠い。

 

そして――俺の大振りが完全に流され、がら空きになった胴体。

その致命的な隙に、仮面の男の強烈な蹴りが、俺の腹を深々と抉り込んだ。

 

「ごふっ……!!」

 

内臓を揺らす重い衝撃。

俺の身体は抗うこともできず、地下路線の冷たい床の上を後方へと無様に吹き飛ばされていた。

 

***

 

「アガットさん!」

「ティータ……っ」

 

コックピットから飛び降りて駆け寄るティータさんの声を聞きながら、僕は仮面の下で小さく息を吐き出した。

 

(……大分、ズルをしてるな)

 

蹴りの感触が残る足を下ろし、呼吸を整えながら内心で自嘲する。

 

アガット・クロスナー。

彼には、僕が正遊撃士になるための資格試験でリベール王国を訪れていた際、散々お世話になった間柄だ。

それだけじゃない、彼がティータさんの護衛でクロスベルに来ていた時にも、何度か合同で任務に当たったことがある。

 

本当に、ずいぶんと厳しくしごかれた。

 

だから、悪いけれど、あの人の踏み込みの癖も、剣を振るう際の呼吸も、僕は嫌というほど知り尽くしているのだ。

それが演算の中だけの経験だとしても。

 

ティータさんに庇われるようにして、アガットさんは腹を押さえながらも何でもないように立ち上がり、再びこちらへ巨大な剣の切っ先を向けてきた。

そりゃそうだ。あの程度の打撃で、あの重戦車のような人が折れるわけがない。

 

けれど……。

 

「……もう一度言います」

 

僕は導力銃を下ろさず、静かに告げた。

 

「これ以上、手荒なマネはしません。どうか、こちらに戻ってもらえませんか」

 

「誰が、てめぇらなんかの言う通りに……!」

 

アガットさんが吠え、ティータさんも怯えることなく、こちらに強い拒絶の視線を向けてくる。

 

このままでは、本当にどちらかが倒れるまでやり合うしかない。

 

(僕も、覚悟を決めるべきか……)

 

そう考え、指先に力を込めた、その時だった。

 

「――そこまでだ!」

 

彼らの背後の暗がりから、複数の足音が駆けつけてくるのが聞こえた。

見覚えのある顔ぶれ。

特務支援課のロイド・バニングス、ティオ・プラトー、ワジ・ヘミスフィア。

そして、ロイドの背に隠れるようにして、キーアの姿もあった。

 

「大丈夫ですか、アガットさん!」

「バニングス……それに、お前らもか」

「ティータさんも、ご無事でよかったです」

 

ロイドさんとワジさんが素早くアガットさんの前に立ち塞がり、盾となるように構えを取る。

ロイドさんが鋭い視線でこちらを睨み据えると、アガットさんが忌々しげに舌打ちをした。

 

「気をつけろ。……かなり厄介な相手だ」

「例の、狙撃手の人……」

 

ティオさんが、センサーで僕を捉えながら警戒を露わにする。

そして、ロイドさんの背中からこちらを覗き込んだキーアが、ひどく動揺した表情で小さく呟いた。

 

「グレイ……」

 

その震える声を聞いて。

僕は心の中で、完全に『覚悟』を決めることにした。

 

もう、なあなあでは済まされない。

明確に彼らの敵として、そして彼女の敵として、

僕はここに立ち塞がり、銃を向けるのだから。

 

「君は……」

 

ロイドさんが、トンファーを構えながら僕に向かって口を開いた。

 

「確か、グレイと言ったな。キーアから聞いた。君がキーアを助けてくれたと……」

 

「――敵ですよ」

 

問いかけの言葉を途中で遮るように、僕は冷たく言い放った。

 

「気まぐれとは言いません。僕には僕のやるべきことがあり、そのために彼女を助けました。……けれど、それもあの時だけです」

 

はっきりと敵対を宣言し、僕は左手に持っていたソードブレイカーを腰のホルダーに戻すと、懐から再び戦術オーブメントを取り出した。

 

「グレイ……!」

 

すがるような、信じられないものを見るような目で、キーアが僕の名前を呼ぶ。

 

「言ったはずだよ、キーアさん」

 

僕は仮面越しの視線を彼女に向け、一切の感情を排した声で告げた。

 

「『次に会うときは、敵同士だ』って」

 

同時に、手元のオーブメントの起動キーを強く押し込む。

 

――ズウゥゥゥン……!!

 

わざわざ、アガットさんたちをこの広い分岐点で足止めした理由。

空間の歪みが波打ち、ステルス状態で待機させていた巨大な影が次々とその姿を現した。

冷たい鉄の装甲。エリュシオンの演算によって生まれた未来知識の新型の『魔煌機兵』。

そして、その後方には複数の無人機械兵器が赤黒いセンサーアイを光らせて起動する。

 

「なっ……!?」

「こんな数が、隠れていたなんて……!」

 

その圧倒的な威容に、息を呑む特務支援課とアガットさんたち。

完全に不意を突かれた彼らも、即座に武器を抜き放ち、臨戦態勢をとった。

 

僕もまた、導力銃を構え直し、静かに彼らを――かつての恩人たちを見据える。

 

目標は、特務支援課とアガット・クロスナーの制圧。

そして、ティータ・ラッセルさんの確保。

 

(……果たして、僕は一人で、どこまでやれるか)

 

胸の奥で燻る複雑な感情を冷たい仮面の奥に封じ込め、僕は引き金に指をかけた。

 

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