東方春秋濫 〜 storm of fleeting.   作:おーたまー

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STAGE1 秋の氾濫  〜 storm of autumn

 幻想郷の空は、ここ数年、どこか急ぎ足だった。

 

 博麗神社の巫女、博麗霊夢は境内の落ち葉を掃きつつ、短く溜息をつく。肌を刺す北風が、本来あるべき情緒を強引にめくり取っていくようだ。額に張り付いた紅葉を指で摘まみ、彼女はじろりと空を見上げた。

 

「あんたらここんとこ、随分といなくなるのが早いんじゃない?」

 

 独り言は冷えた空気の中に消える。 数日前まで夏の残り香が漂っていたかと思えば、ようやく色づき始めた紅葉を置き去りにして、冬の足音がやってくる。秋は、まるで誰かにページを破り捨てられた本のように、唐突に終わってしまうのだ。 それは春も同様だった。雪解けの喜びを噛みしめる間もなく、梅雨を飛び越え、容赦ない猛暑がやってくる。

 

 秋と春の『刹那化』。 それは年を追うごとに加速し、もはや季節というより、単なる「寒暖の切り替えスイッチ」に成り下がっていた。

 

 

 

 数日後。

 

「んで、それが『異変』だって言いたいわけか」

 

 木枯らしにカタカタと揺れる屏風を背に、霧雨魔理沙は肩をすくめた。 霊夢は不機嫌そうに頬杖をついたまま、湯呑みを置く。

 

「あんたはおかしいと思わないの? 暑いのはそりゃ嫌だけど、いきなり極寒になれなんて一言も言ってないわよ。まだ九月よ?  境内の木々はもう冬支度を通り越して禿げ上がっちゃって。こんなの、情緒もへったくれもないわ」

「まあ、キノコの旬が一瞬で終わっちまうのは私としても死活問題だが……こればっかりは、外の世界でいう『温暖化』とかいうやつなんじゃねーの?」

「早すぎるのよ。ここまで急激なのは、自然の摂理じゃなくて『意思』を感じるわ。変ってことは異変。異変ってことは妖怪の仕業。決まりでしょ」

「ほんじゃあ何だ、また隠岐奈のやつが扉でも開けっ放しにしてんのか?」

 

 霊夢は忌々しげに首を振った。 以前、季節の因子を暴走させた秘神の元を訪ねたが、当の本人は「『自然の削落』ってやつだろ」と鼻で笑うだけだった。実際、妖精たちが狂乱している様子もない。今回の「季節の短縮」は、あの時の混沌とした暴走とは性質が異なっていた。

 

「幽々子の西行妖か、あるいは……。まあいいわ、明日から本格的に動く。私は妖怪の山に行くから、あんたは他を洗って。今夜は泊めてあげるから」

「へいへい。しかし今回、随分とやる気だな」

「当然よ。クソ暑いのもクソ寒いのも参拝客を途絶えさせるの。適度な気温、湿度、それに桜と紅葉こそが、お賽銭を増やすわけ」

「……さいですか」

 

(どっちにしろ、お前んとこに人間は来ねーよ)という言葉を、魔理沙は茶と一緒に飲み込んだ。

 

 

 

 そして夜は過ぎ、月は山の端に沈み、朝日が昇る──はずの時間だった。 霊夢は未だ、深い眠りの中にいた。社の中に光が差し込まず、体内時計が狂わされている。

 

 ──……きろ……──……霊夢……起きろ!──

 

「んん……?」

 

 布団を跳ね除け、目をこすりながら体を起こす。室内はやけに薄暗く、そして──あまりにも濃い金木犀の香り。 何かがおかしい。そう気づいた瞬間、意識は急速に覚醒した。

 

「はぁ? ちょっと、なによこれ……!」

 

 視界を埋め尽くしていたのは、なだれ込んでいた色鮮やかな「秋」だった。 倒れた屏風、開け放たれた襖。そこから押し寄せた紅葉とイチョウの葉が、室内を足の踏み場もないほど埋め尽くしている。その山から、魔理沙が溺れるように上半身だけを突き出していた。

 

「霊夢……外、見てみろ……!」

 

 霊夢は一振りで室内の落ち葉を吹き飛ばすと、縁側へ飛び出した。 さらに空へ舞い上がり、幻想郷を一望する。

 

「……何よ、これ」

 

 紅い。黄色い。茶色い。 幻想郷の全土が、絵の具をぶちまけたように、あまりにも濃密に色づきすぎていた。木々だけでなく、道も、川も、里の屋根も。 昨日までの寒風はどこへやら、空気は重苦しいほどの芳醇な秋の香りに満ちている。 それは、失われた秋を補填して余りある、暴力的なまでの「秋の氾濫」だった。

 

『博麗の巫女。御目覚めのようね』

 

 脳裏に直接、鈴の音のような、それでいて冷徹な声が響く。

 

「いい度胸じゃない、出てきなさい。今なら半殺しのところ、全殺しにしてあげるわ」

『……季節を求めていたのは貴女たちでしょう? なら、甘受しなさい。このまま動かなければ、貴女たちの愛する秋と春は、永遠に守られるわ』

「うるさいわね。極端なのよあんたらは。大体、断りもなしに勝手に人の家を葉っぱだらけにして……」

『警告はしたわ。……私達の“氾濫”を邪魔するというのなら、その時は──』

 

 声は、風が止むようにふつりと途絶えた。 霊夢は不敵に、そして最高に不機嫌そうに口角を上げた。

 

「氾濫だか何だか知らないけど、舐めてんじゃないわよ。……百回殺してあげるわ」

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