東方春秋濫 〜 storm of fleeting. 作:おーたまー
霊夢は空を低く滑るように飛びながら、眉間にしわを寄せる。山の空気は澄んでいるはずなのに、今日は妙に重たい。風が吹いているのに、音がしない。
「……結界規模で空気いじってるわね」
直後。前方の空間が、紅に染まった。
爆散した紅葉が球状に広がり、そのまま一斉に加速する。
「っ!」
反射的に急上昇した霊夢の足元を、紅葉の奔流がかすめていく。次の瞬間、四方八方から葉が押し寄せた。赤、橙、黄。色彩は鮮やかなのに、殺意は鈍く濁っている。
葉が、ただの葉ではない。
一枚一枚が刃のように鋭く、しかも意思を持つかのように軌道を変える。
「ちっ、見た目だけは風流ね!」
霊夢は札をばらまき、結界を展開。触れた葉が次々と弾かれ、火花のように散る。だが量が異常だ。まるで山そのものが落葉して襲いかかってきているみたいだった。
突風が渦を巻く。
木の葉の竜巻が立ち上がり、霊夢を飲み込もうと口を開ける。
「面倒ねっ!」
陰陽玉が閃光を放ち、竜巻の芯を撃ち抜いた。爆ぜた衝撃で空間が揺れ、葉の嵐は一瞬だけ晴れる。
その“晴れ間”の中心に、ひとつの影が立っていた。
「いやはや、毎度強引ですねぇ霊夢さん」
聞き慣れた声。
黒い翼をはためかせ、白黒の文花帖を抱えた天狗が、風の上に立つ。
「ブン屋、あんたか」
「ええ。取材ついでの交通規制ですよ。今日はこの先、通行止めになっておりまして」
「なんでよ」
「山は現在、大変デリケートな状況にありまして。無関係な巫女さんがずかずか入っていい日ではないのです」
にこやかだが、目が笑っていない。
霊夢は肩を鳴らす。
「へえ。幻想郷の気候に関わる異変が起きてるのに、“無関係”ねぇ」
「ええ。少なくとも今は、貴女が触れれば余計に拗れます」
「それ、黒幕の台詞とどう違うのよ」
「分かってくださいよ。これも仕事です」
次の瞬間、文の姿が掻き消えた。
背後。
「遅いですよ」
圧縮された風塊が霊夢を叩き落とそうとする。霊夢は振り向きざま札を叩きつけ、風を相殺。そのまま距離を取る。
「本気で止める気?」
「ええ、穏便に」
言葉と裏腹に、暴風が森を削る勢いで吹き荒れる。紅葉が再び巻き上がり、今度は風と同調して鋭さを増した。
「天狗のくせに季節遊びに加担してんじゃないわよ!」
「遊びではありません。これはいわば“治療”なんです」
「はぁ?」
返事の代わりに、弾幕が空を埋めた。
高速の写真弾が軌跡を描き、霊夢の退路を切り取っていく。
「鬱陶しい!」
霊夢は低空に潜り、地表すれすれを滑走。木々の間を縫い、文に接近。文が再び距離を取ろうとした瞬間、札が翼をかすめた。
「っ……!」
バランスを崩したところ、即座に繰り出した陰陽玉の一撃が直撃する。空気が弾け、紅葉が霧のように散り、天狗は数十メートル先に墜落する。
少しして文は葉に埋もれながら上体を起こし、ふう、と息をつく。霊夢はその傍に降り、両手を組んで睨み付けた。これに文は降参を示すように両手を上げ、苦笑する。
「……やれやれ。やはり木の葉を纏ったくらいでは分が悪いですか」
「そもそもあんた、そんな技あった?」
「あー……」
文が視線を横にずらす。
つられるように霊夢も見ると、紅葉の山が、不自然に脈打っていた。
ざわり、と葉が左右に割れる。
中から現れたのは、見覚えのあるシルエット。
橙色の衣装、気だるげな瞳。
「……」
秋静葉は、足元の紅葉をさらさらと踏みしめながら現れた。
「静葉……あんたが撒いてたの? これ」
「んー……まあ、あたしってこれしかできないし」
「あっそう。じゃ、今回の異変はこれでおしまいってわけ?」
怪訝に片眉を下げる霊夢に対し、静葉は肩をすくめる。
「私にここまでやる力はないよ。そこに溜まっていた力に触れる資格があったってだけ」
「協力者がいるのね?」
静葉は小さく笑った。
「そ。あたしたち、失業の危機だから」
諦めたように目を細める静葉をよそに、霊夢は山頂へ視線をやる。
「ふうん……なんとなーく見えてきたわ。で、邪魔したってことはやっぱり妖怪の山に“本命”がいるってわけね」
「あーあ。やっぱり行くの?」
「止めたって行くわよ」
霊夢の即答に、静葉は少し語気を強める。
「……きっと後悔すると思うよ?」
「知らないわよそんなの」
霊夢は静葉をちらりと見て、再び山頂を見据える。
「異変は解決する。それだけ」
言うなり浮遊し、周辺の紅葉を吹き飛ばしながら加速。霊夢は妖怪の山へとさっさと飛び込んでいった。
肩を落とす文の隣で、静葉が小さく呟く。
「……異変って、なんなんだろうね。穣子」
その声は、吹き始めた新たな風に紛れて消えていくのだった。