東方春秋濫 〜 storm of fleeting.   作:おーたまー

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STAGE4 山は季節でできている 〜 fairies in mountains

 妖怪の山は、ただ高いだけの山ではない。

 霊夢は中腹の上空を滑りながら、その輪郭を眺めていた。

 

 木々の林冠は呼吸のように揺れ、霧は谷に沈み、風は尾根に絡みつく。どれも止まらず、どれも巡っている。水はここで溜まり、ここから流れ出る。雲はここに触れて形を変え、風はここで向きを変える。

 そして季節もまた、この山に一度受け止められ、幻想郷へと配られていく。

 

 すなわち山とは巨大な貯水池であり、気候の分配器であり、循環器であり、季節を体現するものでもある。

 中でも妖怪の山は、幻想郷においてその最たるものなのだ。

 

「……流れが歪むなら、ここが一番怪しいわよね」

 

 ジリ。

 呟いた瞬間、頬に触れた空気が焼けた。火に近づいたときのような熱ではない。地表や大気が放つ、逃げ場のない生命の熱。

 それは皮膚の奥にまで差し込む、直射の季節。

 今この場所に、真夏の全てが広がっていた。

 

「あ、あっづ……」

 

 顔を上げると、森の上空を妖精たちが火の粉のように舞っている。

 笑い声を上げ、火球を投げ、熱風を振りまく。

 

「きゃはははは! 死ねぇー!」

 

 法則性のない無軌道な弾幕が降り注ぐ。霊夢は反射的に札を散らし、光の膜を展開。

 

 火弾が弾かれ、ぱちぱちと弾けて消える。しかし数は多く、まだまだ妖精達は動きを止めない。空気は歪み、森の水分が一瞬で奪われる。葉の縁が縮れ、樹皮が白く乾き始める。

 

「ったく、今度は夏ってわけ……?」

 

 その瞬間。

 背中に触れた風が、ぱきりと音を立てて凍った。振り返ると、世界は真っ白に塗り替えられていた。

 

 吹雪が森を覆い、枝が霜を纏い、空気が氷の粒へと変わる。ついさきほどまで焦げるほどにむせ返る夏の匂いだった森に、今は鼻先を冷やす雪の匂いが満ちている。

 

「よーし! あたいの出番ね!」

 

 氷の弾幕の中心で、小さな影が腕を振り上げた。

 

「パーフェクトフリーズ!!」

 

 瞬間、森が止まった。雪も風も妖精も、すべてが氷の中に閉じ込められ、空気さえもが振動を忘れる。

 

 ──が。

 

「はい、おしまい」

 

 霊夢は背後から、チルノの襟首をひょいと掴み上げていた。

 

「ちょっと!? 今の完璧だったでしょ!?」

「完璧に迷惑だったわ」

 

 そのまま片手にぶら下げたまま飛び上がり、山を見下ろす。

 下では夏の妖精が騒ぎ、凍った森の向こうでは冬の妖精が跳ね回っている。同じ山の中で、二つの季節が同時に暴れているようなものだ。

 

「……確実に何かはあるわね」

 

 やっぱりここが中心。山頂の社が、霧の向こうに浮かび上がる。

 霊夢は一直線に加速した。

 

 

 *

 

 

 境内は静まり返っていた。外の異常気象が嘘みたいに、空気は均されている。冷たくもなく、暑くもなく、乾いても湿ってもいない。

 空間そのものが季節を受け止め、ここで混ぜ、薄め、整えているような。そんな錯覚。

 

「来たか霊夢。早かったな」

 

 社の前に立っていたのは、山の神、八坂神奈子。霊夢は来訪を見越していたようなその態度に、軽く顔をしかめた。

 

「あんたねえ。なんか知ってるならとっとと連絡しなさいよ」

「私が? なんで?」

 

 霊夢は目の前で悪戯っぽく笑う神をじと、と見やり、溜息をつきながらチルノをぽいと放った。

 そのままぱん、と手を払い、首を傾げて問う。

 

「で、元凶は? どうせいるんでしょここに」

「中だよ」

 

 神奈子は短く答えた。

 神奈子と共に社に入る。中は柔らかな温度に満ちていた。外でぶつかり合っていた極端な季節が、ここでは混ざり合い、穏やかな中庸へ沈んでいる。

 

「ここ数年、春や秋がやけに短いとは思わなかったか?」

「あ。やーっぱ関係あんのね?」

 

 苛立ちを隠さず大きく溜息をつく霊夢に、神奈子はあっけらかんと笑う。

 

「大アリさ。なにせ表の溢れんばかりの“秋”は、何年も出費を削って削って溜め込んだなけなしの貯金みたいなものだからな」

「削ってたあ? ったく、おかしいと思ったわ」

 

 境内に季節がまともに巡らない年が増えていたのはここ数年のことだ。幻想郷の季節は気まぐれではあるが、あそこまで極端な偏りは珍しい。魔理沙は疑問を感じていなかったが、それは気付かれないように少しずつ調整していたのだろうと、霊夢は腕を組んで思索する。

 つまりここ数年の季節の歪みは、意図して作られていたものだったのだ。

 

「しかし……なけなし、ね。春と秋が年々縮んでってるのは元からってことよね?」

「そう。アイツらはそれをどうにかしようとしてるんだよ」

「アイツら? 単独犯じゃないってこと?」

 

 神奈子は顎を奥の部屋へ向けた。どこか愉快そうな顔をしている。

 

「見れば分かるさ」

 

 促され、怪訝な顔をしたまま襖を開く。そこに二人の少女がいた。一人は団扇をぱたぱたと動かしながら畳に寝そべり、もう一人はこたつに埋まって両手で湯呑みを包んでいる。

 

 余りにも気の抜けた光景だった。

 

「……あんたら、何」

「夏です」

「冬です」

 

 霊夢は眉をひそめつつ、二人の向かいに座る。

 

「ああ、そういう感じ……ん? じゃあ残りは?」

「「さあ……?」」

 

 どこか他人事な彼女達を見て、霊夢は呆れる。置かれていた湯呑みに手を伸ばし、もう面倒臭いからと彼女たちに合わせることにして、続けて訊ねた。

 

「じゃああれね。残りの奴らが元凶ってわけ」

 

 これに対し、冬が静かに口を開く。

 

「私達は分体なんです。元々は四人でひとつ」

「夏と冬はもう季節の力が強すぎて干渉する余地がないから、お飾りみたいなもんですけどね」

 

 霊夢の視線が細くなる。顎に手を当てて少し考えた後、少し目を見開いた。

 

「もしや、あんたらを倒せば異変は終わる?」

「うん」

「そゆこと」

 

 あっけらかんとした答えに、霊夢は片眉を下げて二人を見つめる。夏と冬は応答に躊躇いがない。この二人は、残りの季節と連携が取れておらず、積極的に協力し合う関係でもないようだった。

 

「で、計画の中身は?」

「春と秋は、世界をその二つに固定するつもり」

 

 そう答える夏の後、冬が続ける。

 

「春といっても夏寄りの春もありますし、冬寄りの秋もありますよね。固定すれば、内部から夏と冬が再び現れます」

 

 霊夢は腕を組み、わずかに首を傾げる。

 季節を二つに固定する。それはつまり、循環そのものを一度止めるという話ではないのか。

 寝転がったままの夏が、団扇をぱたぱたと動かしながら口を挟む。

 

「その為に、“秋”と“春”は、夏と冬を一度完全に押し潰すためにそれぞれの季節の力を溜め込んだんですよ。伸ばせなくても削ることは出来るので、削った分をちょっとずつ」

 

 団扇の風で、湯気がゆらゆらと揺れる。夏は体勢を直し、大欠伸をかいては悪戯っぽく笑ってこう言う。

 

「まあ、夏と冬が出てくるまで、少し時間はかかるけどね」

「ふうん……どれくらい?」

「数百年くらい?」

 

 即答だった。

 これに霊夢は笑いながら湯呑みを置く。

 

「却下ね」

「はは。だろうな」

 

 襖を開けつつ、神奈子はそう笑った。

 

「理屈は通っている。山も否定はしない。だが人間にはちと長すぎるかもな?」

「当然よ」

 

 霊夢は立ち上がる。

 

「百年どころか、十年だって待ってられないわ」

 

 その時だった。社の奥で、どこからともなく椛が落葉する。それが畳に触れた瞬間、風が爆ぜる。

 襖が弾け、紅葉が渦を巻いて室内へ雪崩れ込む。土の匂い、熟れた実の匂い、冷え始めた空気の匂い。

 

「──それが貴方の答えなのね」

 

 膨らんだ紅葉の中心から、少女が現れる。

 あの時博麗神社で響いた声。その主、秋だった。夏や冬とは打って変わって、季節に込められた生命力を圧縮したようなその存在感が、座敷を満たしている。

 

「その子達に手出しはさせない」

 

 紅葉の多くが“秋”の周囲に収束し、鋭い輪郭を描く。こぼれて畳の上に落ちた葉が、静かに色を深めていった。

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